NOCEの家具バイヤーズブログ 2010年6月4日 「おうちカフェ」ってなんだ? 4

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2010年6月4日 「おうちカフェ」ってなんだ? 4

今週は、よく晴れてまた湿度が低くカラッとした天気がつづきました。
ただ、今晩は雷雨になるとの事です。
週末も仙台を除いてこの天候が続きそうなので、
お出かけの際にNOCEにお立ち寄りいただければと思います。

今週の新商品は、チェコの曲木メーカーの
TON社から来たチェアですが、
NOCEで前にも取り扱っていたのでリバイバルといった感じでしょうか。

まず189チェアからご紹介します。
189WN0604.jpg 曲木189チェア ウォールナット
¥8,280

幅44×奥行44.5×高さ78.5(46)cm
Made in Czech Republic

189OR0604.jpg 189GR0604-2.jpg













曲木189チェア 
左からウォールナット×オレンジウォールナット×グリーン
¥9,480
幅44×奥行45×高さ78.5(46.5)cm
Made in Czech Republic

以前、NO22という品番で取り扱っていたのですが、
やはりトーネットにリスペクトしてTON社の品番189にしました。
よってNO22と色が違うだけで全くおなじものです。
今回は、ウォールナット色と
それにグリーンとオレンジの生地をそれぞれ貼った
3タイプになります。
デザインは、トーネットによる定番的なもので
世界中のカフェやバー、レストランで使われています。
ウォールナット色にする事により「おうちカフェ」でも充分いけます。
又、シートカラーも少しレトロを意識できるような配色にしてありますので、
ウォールナット色のNOCEのテーブルともよく合います。
オーソドックスなデザインにウォールナットカラーというコンビは
どんな部屋でも合いそうです。
値段は8,280円と9,480円ですが、
クオリティから考えれば決して高くありません。
チェア2脚はシートの色を変えてあわせてもいいとおもいます。
チェアに存在感があるのでいっそう部屋を引き立てます。

次もTONのチェアです。
035-0604.jpg 曲木035チェア 左からグリーン、ブルー
¥9,800
幅44.5×奥行47×高さ84(45)cm
Made in Czech Republic

前回好評だった035に色を付けて北欧っぽくしてみました。
例によってPANTONEで色を指定したのですが、
「ゼロから色を作ると時間がかかるので持っている色で対応できないか」
ということでこの色になりましたが、実際あまり区別はつきません。
しかもこの色は他のヨーロッパからのクライアントの指定色だそうで
こちらの方が本物かもしれません。
ちなみに僕の指定はBlueが291、Greenが365で、
現行は317と366でした。
当然グリーンは番号がひとつ違いなので
並べても解らないかもしれませんが、
ブルーは291(僕の指定)の方が若干濃い目でした。
ただ出来上がりは、291に近い気がしました。
いずれにしてもPANTONE指定は結構難儀で
ペイントされる方が生木なので
その都度生産ロットによって微妙に違ってしまうのです。

実際のカフェでも時々見かける色ですが、
北欧のユーズドが多いと思います。
新品では珍しいと思います。
業務用としてカフェのアクセントとなり充分インパクトがあります。
一般家庭でも単品としてだけではなく
ダイニングテーブルと合わせて使う事もできます。
ただこの時、かなり部屋のコーディネイトに気を使わないと
白けてしまいます。
それでもこれが活かす事ができればかなりカッコいい
「おうちカフェ」ができます。
ご参考のためにアッシュのつや消しのテーブル(RH0381-60、25,800円)
と合わせてみました。

0386-10-0604.jpg 店の外で撮影したため背景がつかみにくいかも知れませんが、
お部屋のご想像をお願いいたします。
商品的に合いそうなのは、アッシュやオークのナチュラルで
つや消しのもが合いそうです。
価格は9,800円になります。
店舗で是非実物をご覧いただき、
いろいろなテ?ブルとあわせて見てはいかがでしょうか。


まだ続く「おうちカフェ」

1980年後半、時代はバブル景気を謳歌していました。
カフェバーは、その姿をスタイリッシュなバーへと姿を変え
インテリアは重要な要素となりました。
湾岸、芝浦地区に次々に店が出来、西麻布には「イタメシ屋」や
朝まで営業するオシャレなバーがオープンしました。
ボートハウスに人影はなくなり、
代わりに白黒を基調としたモノトーンのDCブランド店の前に
徹夜の行列ができました。
最新の黒いDCのスーツに白いシャツ、真白のクーペ、
予約の取れない「イタメシ」、湾岸のバー、ディスコ、と
デートにはお金がかかりました。
深夜、万札をルイヴィトンの札入れにはちきれるほど入れて、
店のレジで財布ごと渡し
「会計そっちで数えて」という人が珍しくありませんでした。
ただここまでいくと、スーツは海外ブランド、フェラーリと
「バブル紳士」(僕には何故紳士なのかわかりませんが)と
呼ばれる人でした。
お金が人間の価値まで決定するような時代でした。
下北沢にも「テンプス」がオープンし、
ブラコン(ブラックコンテンポラリーミュジックの略。
今でいうダンクラ。ダンスクラシック)がかかっていました。
自動ドアが開くとスポットライトが照らすという演出で
今のクラブの走りでした。
チャカカーン、ランディクロフォード、ビリー・オーシャンが
大音響で流れていました。
カッコ良すぎて入るのをためらってしまうほどでした。
(今のサイゼリヤの下のライブハウス)
一方この時代、カフェを文化とすれば
その対極にあった時代ともいえます。
1990年、所謂バブルが崩壊します。
「お金が全てという考え方はなにか間違っていたのではないか。
人間の本来の物をもう一度取り返さなければならないのではないか」
といったTV番組や本が売り出されました。
心の時代と呼ばれました。
環境音楽と呼ばれたウインダムヒルレーヴェルの
ジョージ・ウインストンなどが流れていました。
行き場を失った人たちはより個性を求めはじめました。

ここに日本のカフェを一気に変える店が表参道にオープンしたのです。
1993年のカフェデプレ、カフェ・ド・フロール、オーバカナルです。
いわゆるパリのオープンカフェそのものなのですが、
表参道のけやき並木と合っていて大ブレークしました。
まるでパリの町並みを切り取ったかのようでした。
ギャルソンという名前もこの時知れ渡りました。
当時は珍しいパリでは当たり前のキャッシュオンデリバリーで、
ギャルソンがポケットからおつりを出す姿にみんなしびれました。
街角にはクレモンテーィヌのヒット曲「男と女」聞こえていました。
トレンドはキーウエストのアメリカンからユーロピアンに
シフトしてきたわけです。
このオープンカフェは代官山、広尾と次々にオープンし、
地方の大都市にも波及していきました。
このころ1980年、一世を風靡したキーウエストは、
静かに消えていきました。

オープンカフェが日本の土壌になじまなかったのか、
あるいは表参道の一等地という高額な地代に
カフェという業態が合わなかったのか、1999年に「デプレ」
2001年にフランスから上陸の「カフェ・ド・フロール」
2003年に「オーバカナル」と次々と消えていきました。
オープンカフェはブームだったのでしょうか。
外に向かって飲食をするという事は行き交う人を見る事になるのですが、
一方行き交う人に見られるという事にもなるのです。
この辺が日本の社会に根付かなかった原因だったのかもしれません。
又、表参道という土地でしか存在しえなかった事そのものが、
まだバブルの名残を引きずってしまっていたのかも知れません。
ただカフェ文化が確実になったのも
このオープンカフェの功績は大きいといえます。

一方、カフェデプレのような強烈なインパクトと
一目をひくような派手さはありませんが、
上質でやわらかい時間の流れるカフェが出来始めたのも
2000年前後でした。
1999年渋谷にオープンした「アプレミディ」は
その代表だったかもしれません。
DJブースがあり所謂「カフェミュージック」が流れていました。
「なんでも上昇志向」に対しゆっくり自分のペースで歩くといった風潮に
少しシフトしてきたのです。
「ゆとり教育」が実際始まったのも2002年でした。
ロハスが雑誌ソコトコで2004年に特集されました。
「D&DExxxx」が愛知にある日本の家具メーカーとコラボして
そのメーカーの60年代の家具の復刻版をリリースさせた店が
環八沿いに出来たのも2000年でした。
ミッドセンチュリーとカフェとの融合は
これが始まりだったのかもしれません。
60年代の特に「カXXX60」というシリーズは
当時のデンマークのデザイナーによるデザインの影響をうけていて、
レトロブームの再燃とともにヒットしました。
この家具を置いたゆるくレトロ志向のカフェが
代官山や目黒川沿いに出来はじめました。
フードもアジアンや和風といったもので
「カフェごはん」と呼ばれました。
その店には、当時をリードする人達が集まり始め
所謂「カフェブーム」が静かに始まっていったのです。

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  1. 2010/06/02(水) 05:37:57|
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