NOCEの家具バイヤーズブログ 2010年11月19日 ダウンタウンにて
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2010年11月19日 ダウンタウンにて

週の前半はあまりスッキリしませんでしたが、
昨日から下北沢の空は抜けるような青い空が拡がっています。
今日も朝からスッキリと晴れ渡っています。
週末、昨日まであまり良くない予報がでていたのですが、
ほぼ全国的に晴れそうです。
祝日の火曜日はあまり良くならないそうなので
お出掛けはこの週末が良さそうです。
そしてお出掛けの際には是非NOCEにお立ち寄りいただければと
全国NOCEスタッフ一同、皆様のご来店をお待ち申し上げております。

今週の新商品のご紹介は、珍しくカップボードになります。

1119RH001キャビネットWN.jpgのサムネール画像 RH001キャビネット ウォールナット
¥69,800

幅100×奥行47.5×高さ176.5cm
Made in China
※部分組立

◇色違いのナチュラル(¥64,800)です。
1119RH001キャビネットNR.jpgのサムネール画像

開発から、なんと半年以上かかってしまいました。
図面を送りプロトタイプ(試作品)を作り価格を検討し、
細かいディテイルを修正しながらようやく商品化できました。
デザイン素材は北欧ヴィンテージを基にアレンジして、
シンプルなデザインと実用性も兼ねたものになっています。
ただ、ここのメーカーはこのような商品を手がけたことがなかったので
ドアなどの取っ手を決定するのに苦労したり、
引き出し横のアールを説明するのに時間を費やしたりと
そう簡単に進みませんでした。
ようやくプロトタイプが完成し販売となったわけです。

素材はナチュラルの方がアッシュ材、
ブラウンの方にはウォールナットを使用しています。
どちらの仕上げも程よく艶消しになっていて
天然木の雰囲気がうまく出されています。
またデザインのアクセントである脚も
このためダイニングはもちろんリビングでもいけそうです。
部屋の感じとしては、ナチュラル志向のシンプル系でもカフェ系でも、
木の素材感があるので違和感はないと思います。

機能性の特徴を強いてあげると、
「引き戸」と小分けにした3つの「引き出し」といえます。
「引き戸」の方がクリアランスを必要としないため、
部屋のスペースを有効活用できます。
またレトロなイメージも作りやすくなります。
一方、「引き出し」ですが、
通常(ヴィンテージ)このスペースはブランクになっていて
パンやチーズを切る台代わりに使用されています。
日本ではそれはあり得ないので引き出しを付けて埋めました。
カトラリーを入れたり、ランチョンマットやテーブル調味料を入れたりと
結構重宝します。
この辺は僕がアナログを作った時のコンセプトと一緒なのですが
アナログは、スペースをより多く取るために
「引き出し」が上にありました。
スペースが無い分だけ
引き出しの使い勝手がよくなったと言うわけです。

ところで「何故、スペースが必要」なのでしょうか。
これは、日本独得の習慣に起因しています。
ズバリ、炊飯ジャーを置くためのスペースなのです。
NOCEの他のキャビネットには
大体レール付きの引きだなが付いています。
これが「有る無し」の差で売上にかなり影響します。
ただ、デザインがダサくなるのは避けられません。
「生活臭」がしてしまうからなのでしょうか。
特に炊飯ジャーがコンパクトで四角い形になってから、
カップボードとジャー用の引き棚は
「切っても切れない関係」になりました。
(ちなみに僕のカップボードにはスペースがないので、
炊飯ジャーの台にはアトランティス小3段を使っています。)

さて、価格ですが、アッシュナチュラルで64,800円、
ウォールナットで69,800円と
天然木を使用しているという観点からすれば
考えられないくらい安い価格になりました。
写真ではなかなかその質感を表せないので
是非NOCE各店でお確かめいただければと思っています。


下北沢から渋谷までウォーキングモードで歩くと
30分くらいで着きます。
ゆっくりモードでも40分です。
その途中に駒場公園があり
その中に前田公爵邸(洋館の方)という建物があります。
この間、初めて行ってみました。

1929年に建てられた建物です。
加賀百万石の前田家(大河ドラマでの前田利家が加賀藩主の初代)
16代目の利為(としなり)公爵の本邸として建てられました。
歴史を紐解くと、明治4年まず本郷にあった前田家上屋敷の土地を
103,822坪(さすが加賀百万石。ピンとこないので
例によって東京ドームで例えると7.4個分に相当します)のうち
91,152坪を(残り12,670坪)にして国に出します。
(多分、明治4年7月14日の廃藩置県による)
これが、今の赤門「東京大学」になるわけです。
大正15年手狭になってきた東大が、
駒場にある農学部の土地の一部40,000坪と
代々木の演習林の一部10,000坪を
前田公爵所有の本郷の土地12,670坪と等価交換したのが、
この建物の起源です。
前田家と東京大学は深い関係が有ったというわけで
前田家の建物が駒場東大のとなりにあることには理由がありました。

その当時、この西洋様式の建造物は贅沢に作られ
東洋一の邸宅とよばれました。
その後、邸宅の主は昭和17年(1942年)に戦死してしまい、
丸の内にあった中島飛行機(ゼロ戦メーカーのひとつ)が疎開して
前田家からその一部を譲りうけました。
1945年連合軍に接収されます。
当初はあのマッカサー元帥が住む予定だったのですが
セキュリティの関係で見送りになったそうです。
昭和28年に再び富士産業(中島飛行機が1945年に改称。
後に自動車ブランド名、スバル、レガシー、インプレッサなどで有名な
富士重工業となる。新宿西口にある有名なスバルビルは
今年売却されることになった。)に再び所有が移り、
昭和32年に国が買い取り、
洋館部分は昭和39年に東京都が買い取り現在に至るというわけです。
加賀百万石の時代から現代へと激動な時を見てきたこの洋館は
今でも静かに駒場公園の森のなかに佇んでいます。
蛇足ですが、NOCE浅草蔵前店のタイガービルの建築年月日は
昭和元年なのでこの邸宅より若干古くなります。
ある意味でどちらもすごい事だと思います。


飛んでいく空の風船は、すぐに空になりました。
1119-1.jpg 下北沢から
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駒場公園を目指すと
111-3.jpg 満開の金木犀から秋の匂いがしていました。
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駒場公園の東門から
(下北沢からだと東門から、渋谷から歩くと正門から入ります。
一番近くの駅は井の頭線「駒場東大前」駅になります。)

木立の
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向こうに
1119-6.jpg その建物が姿を見せました。
1119-7.jpg 1119-8.jpg 1119-9.jpg









窓の中には灯りと 
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外には暮れかかる空が映っていました。
1119-11.jpg 中に入ると深紅の絨毯がありました。
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廊下を進み
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小部屋には
1119-14.jpg ステンドグラスと
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暖炉がありました。
1119-16.jpg 庭へと続く
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部屋の
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窓には緑の芝生が切り取られていました。
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少し広くなった先に
1119-20.jpg 2階へと続く階段と
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吹き抜けを覆うステンドグラスが天井まで伸びていました。
1119-22.jpg 2階には大きなメインダイニングルームと
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当時と変わらないシャンデリアと暖炉
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窓の外には
1119-25.jpg 長いバルコニーが中庭を覗いていました。

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昭和初期、ここで連日連夜豪華なパーティーが催され、
暖炉で葉巻でも燻らせて、ブランデーグラス片手に、
大きなバルコニーの欄干に片足をあずけて、
ほお杖でも突きながら中庭を物憂く見つめる、
タキシードのジェントルマンが居たのでしょうか。

ただ、建築後すぐに時代は戦争へと進み、
主を失い数奇な運命を辿ったこの建物が隆盛を極めた時間は
僅かだったのかも知れません。

少し小さなサブダイニングルームのシャンデリアと
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バルコニーを後に
1119-29.jpg 建物を出ました。
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正門を出て
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渋谷に向かう山手通りには
1119-32.jpg 地下を走る首都高速の排煙塔が暮れかかる空に聳え立っていました。

松涛を抜け
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渋谷の
1119-34.jpg ダウンタウンには
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染まる雲の面影がありました。
1119-36.jpg 僕は宮益坂にあるカフェで
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ハイネッケンのドラフトを飲みながら
1119-38.jpg 窓の下の
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木立の中を行き交うヘッドライトを見ていました。
1119-39-2.jpg アルコールの色が変わる頃、
頭の中には「ミュージカルCAT’S」のメモリーが流れていました。
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―― 「ミュージカル CAT’S」より ――

Me-mory あおぎ見て月を
思い出をたどり 歩いてゆけば
出逢えるわ 幸せの姿に
新しい命に

Me-mory 月明かりの中
美しく去った 過ぎし日を思う
忘れない その幸せの日々
思い出よ 還れ(かえれ)

街の灯は 消え去り
夜の終わりが
古き日は去り行きつつ
夜明けが近づく

Day light 夜明けとともに

新たな命を 日はもう昇る
この夜を思い出に渡して
明日に向かうの

木洩れ陽は輝き
光があふれ
花のように朝が開く
思い出は去る

Trevor Nunn作詞・Andrew Lloyd Webber作曲・浅利慶太訳詞

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  1. 2010/11/19(金) 01:52:34|
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