NOCEの家具バイヤーズブログ 2011年3月4日 ひな祭り

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2011年3月4日 ひな祭り

今週は冬に戻ってしまったように寒い日が続きました。
下北沢でも雪がちらついた日もありました。
今朝も北風が強く体感温度は0度近いものがありました。
週末NOCEのある地域では、広島と新潟を除いて天気はよさそうです。
日曜日は暖かくなりそうなのでお出かけには絶好になるかもしれません。
お出かけの際には是非NOCEにお立ち寄りいただければと
全国スタッフ一同お客様のご来店をお待ち申し上げております。

今週の新商品はかなり個性的でインパクトのあるキャビネット2つを
ご紹介いたします。

まず始めにT00142キャビネット。

0304T00142.jpg T00142キャビネット
¥98,000

幅120×奥行45×高さ97cm
Made in China

正方形をしたドロワーを縦4×横6の計24個配列させたキャビネットです。
これだけでも個性的なのですが、
その前板に杉の木に様々な配色でステインさせたものが付いているところが
更にこの家具を特徴付けています。
又、通常ならば側板は、前板にならってブラウン系なのですが
あえて真白(100%ホワイト)にするところも印象的といえます。
この個性的な印象がモダン系でも充分対応できる雰囲気を出しています。
24杯の引き出しにはCDを入れてもリネン類やインナー、
ソックス、テーブル周りの小物、スパイスと
入れるものは「なんでもあり」です。

そして前版の色ですが、手作りなので同じ色のものはありません。
あくまでも類似したものとなるわけです。
このため大変勝手な話ではありますが、
写真をご覧になってご購入いただいても
写真と全く同じ物をご提供する事ができないのです。
ただ裏を返せば世界にひとつということになりますので
所有価値は高いものになるかもしれません。
また引き出しはシンプルな作りになっていますので、
引き出しを自分で好きなように入れ替えて
好みの配色にする事もできます。

木の風合いを活かしてあるので、
これだけ個性的なデザインにもかかわらずそれ程クセはありません。
また小さく区分けされているので
細かいものを分類して収納するのに最適です。
ショップユースでも活躍しそうです。

価格は98,000円になります。



続いてT00146キャビネットです。

0304T00146.jpg T00146キャビネット ブラウン
¥98,000

幅170×奥行34×高さ90.5cm
Made in China

アパレルのお店でよく見るキャビネットです。
シャツやシューズを色やサイズで分けて収納して
キャビネットの上にディスプレイするといったものです。
ヨーロッパではよく見かけるのですが、
日本ではヴィンテージ系のお店でしか見たことがありません。
前に友人がアンティーク店で買ってきたのを
うらやましく思った事がありました。

24杯の収納棚にアンティークな縦の波ガラスの扉が付いています。
これだけでもこの家具が好きな人にはたまりません。
実際ショップでご使用されるお客様は、用途は限られてしまいますが、
ご家庭でのご使用の場合かなり範囲が広がります。
シャツやインナーから雑誌、シューズ、スリッパ、キッチン雑貨、
CDや文庫本、薬までとなんでもOKです。
ちなみに箱のサイズは幅40cm、奥行き32cm、高さ12cmです。

素材と色に関してですが、
パイン材にウォールナット色のステインを使用しています。
特殊なデザインをしたキャビネットですが、
とても落ち着いていてカフェ系からモダン系までと
この家具の個性が強いのでかえって部屋を限定しないかもしれません。
黒い壁に白い床という完璧なモノクロな部屋でも合ってしまいそうです。
なんか想像しただけでも顔がほころんでしまいそうです。

価格は98,000円になります。
実際ショップでのご使用を御検討されているお客様にとっては
激安だとおもいます。
特注で作れば想像をはるかに超える価格になるからです。
ご家庭での場合でも決して高価であるとは思いません。
お部屋に入れた時のインパクトが違うからです。

以上2点の商品は、手作りのため
写真だけでその風合いや感じを表現するのは難しく
実物を是非ご覧いただければと思っております。



昨日は「ひな祭り」でした。
桃の節句といいます。
以前このブログでもご紹介させていただいたように
七夕や端午の節句(5月5日)と同じように旧歴に関係したものです。
俗に「女の子のお祭り」と言われていて歴史は平安時代まで遡ります。
五節句と呼ばれ、人日(1月7日七草。七草粥の語源でもある)
上巳(3月3日、桃の節句)端午(5月5日)七夕(7月7日たなばた)
重陽(9月9日、菊の節句)平安時代さまざまな節句があったのを
江戸時代に幕府が5つにまとめて祝日としたのが
庶民にひな祭りとして定着した起源でした。
もともと平安時代子供の死亡率が高かった頃、
人形を身代わりとして枕もとに置く風習がありました。
これが室町時代に引き継がれ宮中で祭りとして盛大に行われ
時代と共に一般家庭に普及していったわけです。
いまでも灯篭流しのように「流し雛」として
川に精霊を戻すという風習が残っている地域もあります。

3月3日は何故国民の祝日にならないのか、七夕が何故ならないのか、
10月10日は節句でもないのに何故休日なのかと同じなので
今回はやめときます。

ところで、「ひな祭りの歌ってなんで短調なの」って
思ったことありませんか。
「あかりをつけましょ・・・・」と始まって
「今日はたのしいひなまつり」と1番の最後。
「なによりうれしいひなまつり」が4番の最後なのですが
とても悲しく終わっていきます。
この理由は曲のメロディが短調(マイナー)だからなのです。

確かに身代わりとなって消えていく雛人形の不条理のレクイエム
(鎮魂歌)と考えれば納得できるのですが、
「たのしく」はありません。
そこでまず、1936年昭和11年に作曲されたこの歌が
「何故短調なのか」をひも解いていきます。

メロディには長調と短調があります。
ギターやピアノの経験があれば判るとは思いますが
簡単にご説明します。

曲は全てトーナリティという曲を支配する音で構成されています。
例えばピアノで白い鍵盤だけで「ドレミファソラシド」を弾くと
別に違和感なく聞きなれた音がします。
この中から「ドミソド」の和音を弾くとこれも違和感はありません。
今度はラから初めて「ラドミラ」の和音を弾くと
何故か悲しい暗い感じがします。
どちらも白い鍵盤で楽譜にはシャープもフラットも付きません。
小学校の時やったリコーダーで吹けるものです。
ところが、この2つの和音のトーナリティは違うというわけです。
悲しく聴こえるほうが短調で
普通に聴こえる方が長調と呼ばれているものです。
この場合、ハ長調(Cメジャー)イ短調(Aマイナー)。
ちなみに、Cメジャーの代表といえば「かえるの歌」で、
最近ではいきものがかりの「ありがとう」です。
懐かしいところでスピッツの「チェリー」、
松田聖子の「チェリーブラッサム」
珍しいところでスーパーマリオのテーマ、などです。
どれも元気がでそうな「川に雛を流すせつなさ」は感じられません。

さて「イ短調」にいきます。
なんと言っても「津軽海峡冬景色」です。
ちょっとマニアックでツェッペリンの「天国への階段」が懐かしいところで
サザンの「夏をあきらめて」などで結構ズシリときます。
(今回の曲は便宜上ピアノの白鍵盤
CメジャーとAマイナーに限らせていただきました。
このトーナリティを変えてレから始まる
Dメジャーなどを説明するときは
ファとドがシャープして黒鍵を使わなければならなくなりますので、
難しくなってしまいます。
昔、「C調なヤツ」という言葉が流行りましたが語源はここにあります。
単純、調子がいい、わかりやすいという比喩です。)

さて、少し悲しい曲が短調で
楽しかったり、元気が出たりという曲が長調というのが
お判りになりましたでしょうか。
曲を白鍵にこだわらずあげてみると
「およげたいやきくん」「もらい泣き」「舟歌」「地上の星」
少し古いとはおもいますがこれらは全部短調というわけです。

ところで命題の「ひな祭り」に戻ります。
そもそも短調がなぜ悲しく聴こえるのでしょうか。
音階はピアノの白鍵を弾くだけでも、リコーダーでも口笛でも
順列と組み合わせを変えるだけで悲しくなったり元気が出たりします。
そもそも自然界には様々な音が存在するはずなのに、
ピアノやギターのチューニングが狂っていると気持ち悪く感じます。
ピアノで出る音階は一体だれが決めたのでしょうか。

一般的には紀元前500年にあの有名な数学者であるピタゴラスが
「オクターブ(8)上の音」の中間の音を定め
それを割って8個にしたと言われています。
(オクターブの音も入るため8音)
これをピタゴラス音律といいその後教会で聖歌に幅広く使われ
(グレゴリオ聖歌)ました。
11世紀に入り和音を使うようになると
この音階では不協和音が生じてしまうため
調整して今の音階にしたわけです。
今の音階は平均律とよばれ
オクターブをキッチリ12等分の周波数で割ったものです。
ピアノでいえばドの音から隣り合う鍵盤を白黒問わず次のドまで弾くと
12等分になります。
ギターなら半音ずつフレットを移動させればできます。
(クロマチックという)
この音の組み合わせで世の中の音楽は全て構成されているというわけです。
これを主張したのがバッハで
「平均律クラヴィーア曲集」に象徴されています。
(18世紀、G線上のアリア、主よ人の望みのよろこびを、
無伴奏チェロ組曲と今でも普通に聞けるものが多く、
数多くのミュージシャンが一度はコピーしている。
彼の平均律理論はある意味正しいといえる)

この12音階に分かれた音が何故、表情がでるのでしょうか。
もし、生まれて来て音階というものが判らなかったら
「地上の星」を聞いて泣くオヤジの気持ちがわかるでしょうか。
アフリカでは、タイコで表現するそうですが、
僕には「悲しいタイコ」も「よろこびや怒りのタイコ」もわかりません。
それでは、タイコの人に「津軽海峡冬景色」を聞かせたら
悲しさを感じるのでしょうか。
それもNOです。
ただ感動はするそうです。
世界的に有名なチェロ奏者のヨーヨーマがアフリカで
「無伴奏チェロ組曲」弾いたら涙を流したそうです。
これはプレリュードだったので長調でした。
計算されたバッハの曲が良かったのか
ヨーヨーマが素晴らしかったのかはわかりませんが、
長調、短調に関係ありません。
そうなると長調が楽しくて、短調が悲しいということは
後天的であるといえます。
ただ、音がDNAの情報の中にあってそれを伝達するのであれば
その限りではありませんが。

日本では昔、もちろん12音階など存在しませんでした。
子守り歌は殆ど短調です。
津軽海峡や舟歌を聞いて眠くなる赤ちゃんはいないとおもいます。
(日本の春の曲「さくらさくら」も短調です。)
一方洋楽は殆ど長調です。
子守り歌で言えばシューベルト、ショパン、モーツァルトなどです。

これは、日本固有の旋律にあります。
「短調イコール悲しい」とは違うわけです。
もともとの日本の旋律を平均律にあわせると短調になるのですが、
トーナリティでは少し証明が難しく
近いのはマイナーペンタトニックの派生系といえます。
ギターを演奏する人には馴染みというか
これさえ覚えておけば「カッコよく弾けちゃう」
魔法の旋律(スケール)です。
和楽ではヨナ抜きといわれ4度と7度を抜いた5音で構成されています。
短調ではラから初めてシドミファでラにもどります。
(5音なのでペンタという。ペンタゴンと同じ)
ジッターリンジンの「夏祭り」はこれで構成されており、
どこか懐かしい夏のお祭りの匂いがするのはこのせいです。

もともと日本の民謡や童謡または戦前の歌謡曲も短調が多くあり、
実は日本では短調の方が好まれていたのかもしれません。
このヨナ抜きペンタトニックを基本としている民謡から派生した
演歌のヒット曲も殆ど短調です。
1971年にヒットした「私の城下町」
1972年の爆発的なヒットである「女のみち」もそうです。

それでは、短調はいつから悲しくなってしまったのでしょうか。
戦後まもなく、短調が悲しいと認識されなかった頃、
「あれっ」と思う曲があります。
例えば、並木路子が歌った「りんごの歌」です。
(東京事変ではありません)
「リンゴかわいや、かわいやリンゴ」とありますが
何故かせつなくなります。
「高校3年生」などは曲を知らない世代に歌詞だけ見せれば
絶対に短調だとはおもいません。
この流れを変えたのがコロンビアローズが歌った
1957年のヒット作「東京のバスガール」という歌です。
はとバスのバスガイドさんが当時の憧れの職業だったころの曲です。
(2009年に林あさ美がカバー)
そこの「発車オーライ、明るく、明るく走るのよ」は
全然明るくありません。
僕も不思議に思っていたのですが、実は悲しいものでした。
憧れのお客様が翌日綺麗な人を連れて歩いても、
酔っ払いのお客様にからまれてぽろりとしても
「明るく、明るく」となるわけで
人生の不条理を「明るく」歌った歌は、当然短調です。

この流れを決定的に変えたのが「若大将」です。
湘南です。
太陽族です。
夏!海!
当然短調はありません。
ベンチャーズ、ビーチボーイズです。
(ちなみにサザンの「夏をあきらめて」が短調なのは、
その年の夏が冷夏で夏の海が静かで
「夏」をあきらめざるを得なかったから。)
ここが日本の短調と長調を分けたエポックだったのかもしれません。

その後、ビートルズが席巻しグループサウンズ全盛のころ、
長短は完全に区別されました。
名曲イエスタデイは短調でレットイットビーは長調です。
その後、短調はマイナーというだけに
日の目を見なかったわけではありません。
演歌のヒット曲、精霊流し、神田川、
またオフコースの歌に代表されるように
日本ではかなり短調がヒットしてきました。

そして大滝サウンドから派生した渋谷系
(今はなきHMVが象徴、オリラブ、オザケンが有名)が
ここにくさびを打ちました。
曲の中で何度も転調し、またジャズのモードである分
数コードを使用することにより
明確なトーナリティが解りづらくなり、
長短というくくりでは語れないものになったからです。
ただやはりチャートインする曲は
長調(メジャー)な曲が多いのは確かです。
去年ヒットした「トイレの神様」は、
大好きなおばあちゃんとのお別れをさらりと長調で歌っています。
そこがまた悲しみを誘うわけです。
ひな祭り(ようやく戻って来た)なので、
最近のチャートイン女性アーティストに着目すると
西野カナの「Distance」もAKB48の「桜の木になろう」も長調です。
ここで注目すべきはKARAの「ミスター」も
「ジャンピン」も短調なのです。
特に「ミスター」はベリーダンスに影響されたと思われる独特のダンスが
「ららららららーららら」とポリリズム風なものを
「シンコペーションでつなげた」(らーらの部分。リズムの頭をつなげる。
食うともいう。)リズムのイントロで始まります。
これが短調なのは、ベリーダンスが
ジプシーミュージックに由来しているからです。
「ミスター」がどことなく物悲しいのは
「片思いのせつなさ」を歌った詩ではなく
このジプシーメロディに起因しているからです。
(ちなみにジャンピンの方は失恋系ソング)

ジプシーは11世紀ころ定住せずヨーロッパにいた民族を指し、
語源はエジプトです。
定住しない人たちの比喩にも使われています。
彼らの音楽はロマ音楽と呼ばれ基本は短調です。
フラメンコもこのジャンルです。
クラシックでは、ツィゴイネルワイゼンや
ブラームスのハンガリー舞曲が代表的です。
「朝」で有名なグリークのペールギュント
第3楽章「アニトラの踊り」がそれに当たります。
どれもせつなくもの悲しいものばかりです。
ブダペスト(ハンガリー)でジプシーミュージックを初めて生で聴いた時、
涙したのを思い出しましたがこれも?かもしれません。
(悲しいくて泣いてしまったその悲しさとはなにかです。)
11世紀といえば、最初にご説明したとおり和声元年でした。
教会の音楽、グレゴリオ聖歌からバッハの平均律に移行する年です。
ここにヒントがあると僕はおもいます。

つまりグレゴリオ聖歌がメジャーな音楽に対し
ジプシー系なオリエンタルな音楽がマイナーとなるのではないかと。

さて、最後に「ひな祭り」の歌ですが、
決して悲しい物ではありません。
よろこんで「今日は楽しいひなまつり」と歌いましょう。

僕も思いっきり歌います。
それは、桃の節句だけに
ロゼシャンパンをあける口実にピッタリだからです。
歌い終わった後に「ポン!」と。

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  1. 2011/03/04(金) 11:21:57|
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