NOCEの家具バイヤーズブログ 2011年8月5日 夏休みの思い出

NOCEのバイヤーズブログ

2011年8月5日 夏休みの思い出

今週は、天気には恵まれないものの比較的涼しい日が続きました。
空を見上げるとまるで秋のような空の日もありました。
週末、NOCEのある地域では天気に恵まれそうで
夏のお出かけには良さそうです。
その際には是非NOCEにお立ち寄りいただければと
お客様のご来店を全国スタッフ一同心よりお待ち申し上げております。

今週の新商品のご紹介は、
先週に続いて古材チークを使ったボードです。

0805-1.jpg AN17ドレッサー
¥66,800

幅160.5×奥行55×高さ60.5cm
Made in Indonesia
◇風合いが異なるため、展示現品の販売となります。
  尚、展示状況は変動致しますのでご了承下さい。
素材が古材チークというだけでかなり強い個性を出していますが、
デザインはシンプルにフレンチやリゾートを融合させたようなもので
あまりクセがないものなっています。
オランダのディレクションによるものなので
ユーロデザインの香りがします。

素材感からこのボードに強力な個性があるので
お部屋のアクセント的な使い方が一番だと思います。
ソファをNOCEのPVC系のブラックやホワイトにすれば
かなりハードなイメージになり、
ファブリック系ソファにすると雰囲気が柔らかくなり
ナチュラルやカフェ系でも対応できます。
これは古材チークを使用しているため
堅くならずに割と様々な家具と合わせる事ができるからです。

構造は真中に棚をはさんで左に引き出しが2杯と
右に開きのドアが1枚と典型的なTVボードの構造をしています。
0805-3.jpg 引き出しにはレトロな取っ手が付いていて
開きはカギで開閉する構造になっています。
このカギがクラシカルな雰囲気を盛り上げているのです。
0805-2.jpg 0805-4.jpg









さて価格ですが66,800円と
このボードの大きさと素材から考えれば決して高いものではないと思います。

ヨーロッパでよく見かける古材チークですが、
特注で作ると恐ろしく高いものになってしまいます。
今回はまとめて製作しているため
安価でご提供させていただく事が出来ました。
風合いは独特なものがあり画像で説明する事は不可能です。
是非、一度NOCEで実物をお確かめいただければと思います。



世の中の流れはもう夏休みです。
少しずつセミが鳴き始めましたが残念ながら僅かです。
セミ時雨の夏休みはもう来ないのでしょうか。
僕にとって夏休みの思い出のひとつといえば少年期、
毎年行っていた湘南鎌倉の海の前にある親戚の家です。
夏になると祖母がその親戚の家に行く関係で
僕も1週間、海水浴も兼ねて滞在しました。
日曜日に家族と車で第三京浜を経由して湘南まで行き、
宿題のドリルと絵日記を必ずやるという事で
次の日曜日にまた家族が迎えに来るわけです。
コンクリートと喧騒のマンション住まいの僕にとって
青い海、空、潮騒、砂浜とそこはパラダイスでした。
朝6時頃目が醒め、7時に朝食をとり
海パンに着替えて8時過ぎには砂浜にいました。
泳いだり、浮き輪で波に乗ってみたり、
砂浜にモニュメントを造ってみたりと瞬く間に時間は過ぎていきます。
11時位に祖母が和服姿に日傘をさして迎えにきます。
「11時以降の日光は強すぎて身体に良くない」と、
祖母の姿は海岸で一際目立ったのですぐにわかりました。
これが終了の合図なので帰らなければなりません。
遊び足りない気持ちを砂浜に残しながら。
海岸前の家に帰ると、外のホースで水を浴びさせられます。
冷たい水が日焼けした肌にしみて痛くてしょうがありません。
家にあがりシャワーを終えると昼食の冷やし中華が出てきます。
デザートのスイカを食べると昼寝の時間でした。
「昼寝るのがもったいない」と思うのですが、
遊びつかれてぐっすり寝てしまうのです。

枕もとを潮騒と午後の日、セミの声が包んでいました。

3時頃昼寝から起きると
キリンレモンかカルピス、その横にはドリルと絵日記が待っていました。

お勉強の時間です。

「なんで海に来てドリルなわけ」と
ここで僕の夏休みが変わって行く瞬間でした。
祖母に「親に言わない約束」で「ドリルは晩ゴハンの後やる」と約束して
河口にある釣具店にむかいました。

「貸し竿、エサ付き」にどうしても興味があったので
「おじさん」に聞いてみると
夕方にかけて「ハゼ」(魚の一種)が釣れるとの事でした。
井の頭線の浜田山にある「つりぼり」で「結構釣れた」事を思い出し
祖母に「貸し竿とエサ」のための小遣いをお願いしました。
祖母は代金分のお金と麦わら帽子に
「たくさん釣れたら大変」とバケツまで用意してくれました。
バケツとお金を握り締め、そして麦わら帽子はカッコ悪いので
首にかけたまま釣り具店まで走り出しました。
まだ日の高い夏の午後、僕は竿とエサ、バケツと
首からかけた麦わら帽子で河口にいました。
エサとはいうものの今まで見た事のない
生きたミミズ(ゴカイ)のようなものでした。
はじめ、さわれなかったのですが
エサを針につけなければ何も始まらないので、
なんとかエサを付け「浮き」と共に釣り糸を垂れます。
全く浮きはビクともしません。
「こんなはずじゃない」と午後の影が長くなるのに
時間はかかりませんでした。

あたりはヒグラシのセミ、
海岸から引き上げる人たちの声が響いていました。

河口の橋に迎えにくる祖母の姿がみえました。

用意してもらったバケツはカラです。
晩ゴハンの後、約束通りドリルと絵日記のため机に向かいました。
絵日記は「釣れなかった」とは書けないので
「釣れる」まで書くのやめる事にしました。

算数のドリル、
「先に歩いた人に10分後、
同じ場所からスタートした自転車が追いつくまでの時間と
その距離は・・・・・・・」。

窓の外には月に照らされた波が「ザザーン、シューッ」と。
そして潮の匂い。

夢の世界に飛び込むのに時間はいりませんでした。
そして朝。
昨日と同じように海に行き、水を浴び昼食後に昼寝。
そして3時。
祖母に「ドリルは順調だから」と言い
「今日こそ釣ってくる」と懇願し、
再度バケツと麦わら帽子で「今日こそ」と河口に行きました。
頭がクラクラするのでカッコ悪くても麦わら帽子をかぶる事にしました。
こうすれば釣れるかもしれないとも思ったからです。

無駄でした。
カラのバケツの向こうに迎えにくる祖母がいました。

その晩、ドリルの前に叔父に借りた国語辞典で
「ハゼ」を調べてみました。
キーワードは「水底に生息」です。
その日もドリルは問題を読むだけで
答えを出す前に布団に潜り込んでしまいました。

外にはいつものように潮騒と少し欠けた月が
さざ波の海面を照らし出していました。

翌日、なんと祖母の方からお金とバケツと麦わら帽子が差し出され
「私も一緒に行く」と言われました。
「祖母と一緒に釣り」も楽しみだったのですが、
「今日釣れなければ最後」になりそうだったので断りました。

やはり「浮き」は動きません。

「今日もダメかァ」と思っているとふと
昨晩の国語辞典に書いてあった
「ハゼは水底に生息する」を思い出しました。

「そうだ。浮きを外してみよう!」

貸し竿に付いている「浮き」を外せば底まで確実に届くと思い
早速「浮き」を外して投げてみました。

すると竿を通じて「ブルブル」と手ごたえがありました。

釣れました。
初めて見るハゼです。
とてもかわいい顔をしてバケツの中を「ピン、ピン」と動いています。
バケツが「ハゼ」でいっぱいになるのに時間はかかりませんでした。
いっぱいのハゼ達が酸素不足で元気がなくなってくるのですが
祖母に成果を見せるまで逃がせません。

僕が釣り上げなければ今頃、
ハゼ達はこんな苦しい思いはしなくてすんだはずなのにと
「いつもの迎え」の時間が果てしなく長く感じました。
いつもの橋にその姿が見えると「おばあちゃん、釣れたよ!」と
大声で叫び手を振ってしまいました。
祖母はいっぱいのハゼを見て
「みんなに見せなければ」と家に持って帰りました。
小さなバケツにいっぱいのハゼが「アップアップ」して苦しそうなので
水を入れ替えるとまた「ピン、ピン」と元気になり、
僕は得意に親戚、従兄弟の前で今日までのサクセスストリーを説明しました。
途中で「話は後にして魚臭いのでまずシャワーを浴びて来なさい」と言われ
シャワーを浴び「食事の支度ができたから」と食卓に着き、
また我慢できずにハゼの話をはじめました。
川底にすんでいること。
とても愛くるしい顔をしていること。
ここでふと今日のおかずが
カレーライスから天ぷらに変更されている事に気が付きました。

「今晩、カレーライスじゃなかったの?」

「さっきのハゼせっかく釣ってきてくれたから
天ぷら作ってあげたの悪かったかしら?」と叔母。

はじめ何を言われているのかわかりませんでした。
頭の中を元気なハゼがピン、ピンと飛んでは1匹ずつ消えていきました。
「これ僕のハゼ?」と天ぷらになってしまったハゼを見て
呆然としてしまいました。
「僕のお腹の中にあのハゼがいるんだ」と思うと気持ち悪くなり、
箸を置くと涙が溢れて止まりませんでした。
祖母に「海岸にでも行ってきなさい。」と言われるがまま
海岸まで走ると誰もいない暗い海岸に葉山の灯台が光っていました。

波の音に涙は止まらず大声で泣いてしまいました。

潮騒が泣き声を泡の中に溶かし、
かすんでいた眼に今まで見たことがない無数の星が見え始めました。

心配そうに祖母が迎えに来ると
「生きている物はみんな星になるもの、私もいつかはそうなるのよ」と
見え始めた星がまた涙で眼の中でかすんでしまいました。

その晩「釣れたら書こう」と思っていた絵日記は
思い出すと悲しくなるので書けませんでした。
ドリルは泣きすぎて頭が痛くてできませんでした。

翌日、また海に行き昼寝をして3時です。
祖母は何も言わずにお金とバケツと麦わら帽子を差し出してくれました。
僕は、道具を持って河口に走ります。
昨日同様バケツには元気なハゼがいっぱいになりました。
そして祖母が迎えに来る前に
全部のハゼを海にバケツを逆さにして逃がしました。
天ぷらにされては大変だからです。
バケツから開放されたハゼが海の中でピン、ピンと
四方八方に広がっていきました。
カラのバケツで家に帰り祖母や親戚には、
「善意で天ぷらを作ってくれた」ので
「今日の収穫はゼロ」とウソをつきました。
「昨日はまぐれ。」とか
「あのハゼ誰かからもらったんでしょう?」と疑惑を突きつけられますが
「天ぷらにされるよりまし」なので黙っておきました。
親が迎えに来る最後の日、
親に宿題をやらない代わりの釣りの成果を見せるため
最後の釣りに河口に出かけました。
あの日以来、カラのバケツを毎度持ち帰る僕は
「ヘタクソ」というレッテルを貼られてしまいました。
今日は「汚名挽回」のチャンスです。

「いつもたくさん釣ってるけど本当は逃がしてたんだと証言するぞ」
と決めていました。

ところが潮の関係か全然いつもの引きがありません。
このままでは、「やっぱり」と狼少年呼ばわりされ、
親には宿題をサボった口実と指摘され
残りの夏休みは外出禁止の監禁状態でドリルをするハメになってしまいます。
ヒグラシが鳴き始め、海水浴帰りの人たちが楽しそうに帰っていきます。
あせればあせるほど釣れません。
「マズイ。おばあちゃんが来た」とバケツは未だカラのままです。
「釣れたの?」とバケツを覗き込む祖母に僕は無言で首を横に振りました。

すると突然、竿に今までなかったような手ごたえがあったのです。

「どうせ大きなゴミが引っ掛かっただけだよ」と
やる気なさそうに祖母に言うと
「ゴミでもいいから最後まで引っ張りなさい」と言われました。

なんと糸の先に大物が見えました。

大きすぎて小学生の僕では無理なので
隣の釣り人に援助を要請して釣り上げるとそれは大きなウナギでした。
「めずらしいねぇ。今晩はいいおかずが釣れてよかったねぇ」と釣り人。

やったぞ! これでみんなに自慢できるぞ! 名誉挽回だ!

これなら「いつも本当は小さいハゼじゃなくて、
大きなウナギを釣ってたんだ」というウソの自慢話までできます。

バケツには立派なウナギが一匹。

次の瞬間です。

祖母はバケツを持ち上げウナギを河口の海にザザーンと。
「だって、蒲焼にされたら困るでしょ」と。

難しい選択でした。

僕の自慢話のためにウナギが犠牲になるのか、
ウナギの命のために僕がウソつきのレッテルを貼られたままでいるのか。
多分、祖母がしたように最終的には後者を選択しただろうと思い
カラのバケツを持って帰りました。
ウナギの話は当然だれも信じてくれません。
「海にウナギがいるわけない」とか
「ウツボかアナゴと間違えてる」とか。
僕が真剣になり証言を祖母に求めれば求めるほど
祖母は笑いながら「こんな大きなウナギ」と両手を広げて言いました。
「そんな大きなウナギなんかいるわけないよ」と
僕は心の中で叫んでいましたが、親戚や親は「おばあちゃんは甘い」と
僕がまるで祖母に「口裏を合わせる要請でもしたか」のように
受け止めていました。

悔しくてまた泣きそうでした。

海から帰る最後のその晩、
海岸で線香花火をする祖母にずっと気になっていた、
「星になる」意味と「なぜウナギの証人になってくれなかったのか」を
思い切って聞いてみましたが
途中で悔しさと悲しみで涙が溢れてしまい
答えを聞くことは出来ませんでした。

海にはいつも通りの潮騒と随分欠けてきた月と
秋になりかけた潮の香りが漂っていました。

車のドアが閉まり親戚と祖母の姿が見えなくなり
河口の橋を渡り海岸沿いの道を大船方面に左折するころ
僕は深い眠りについていました。
車は第3京浜を世田谷方面に走ります。
僕の手提げには全く手を付けていないドリルと真っ白な絵日記が残り、
夢の中では潮騒の中に無数の星がちりばめられ
その星の間を縫うようにピン、ピンとハゼが泳いでいきました。

よい夏休みをお過ごし下さい。

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  1. 2011/08/05(金) 05:33:45|
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