NOCEの家具バイヤーズブログ 2011年12月30日 Good Bye 2011

NOCEのバイヤーズブログ

2011年12月30日 Good Bye 2011

2011年最後の週となりました。
年末年始は全くカレンダー通りのお休みで
ゴールデンウイークより短くなってしまい
正月気分はありません。
今週は寒い日が続きました。
正月まわり、NOCEのある地域の天候は、
札幌、新潟は雪、他の地域は元旦に
曇りや雨になるそうですが他の日は晴れるそうです。

NOCE各店舗は、31日から2日までお休みをいただき、
営業は3日からとさせていただいております。
本年もNOCEをご愛願いただき、
誠にありがとうございました。
来年も引続き変わらぬお引き立てのほど、
全国スタッフ一同心よりお願い申し上げます。


今年最後となった新商品のご紹介は、
20111230-1.jpg












HY1857ソファ 3人掛け
¥49,800
幅183×奥行84×高さ86(44)cm
Made in China
※部分組立
◇色違いでダークブラウン、グリーンがあります。

中国出張の時にも取り上げさせていただいた
ファンクショニングなソファです。
中国出張のブログ内でも書かせていただきましたが、
機能的と言っても極めてアナログな原始的なものです。
両サイドにある
20111230-2.jpg 可動式アームを
20111230-3.jpg












中央に寄せると
20111230-4.jpg












アームチェアを2つ並べたような形になる
というわけです。
構造はいたってシンプルですが、
発想の面白さとアームを中央に寄せた時の
レトロ感が気に入ってバイイングしました。
デザインは全体的にレトロを意識したラインで
どちらのファンクションで使用しても
コンセプトは変わりません。
インテリアとしては、カフェ系を始めとして
シンプルやナチュラルと
割と多くのお部屋に馴染めそうです。
脚はラバーウッドのナチュラルを使用しました。
20111230-5.jpg












ファンクション系なのでダーク系の配色にすると
重くなると思ったからです。

ファブリックのカラーはレトロ調に合わせて
オレンジ
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グリーン
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20111230-7-2.jpg ダークブラウン
20111230-8.jpg












20111230-9.jpg の3色になっていて、
どの色もこのソファの持つレトロ感に
マッチしています。

さてファンクションだけではインパクトが薄いので
ディテールにもこだわりました。
まずシートにポケットコイルを入れてあります。
そして背もたれのクッションとシートにフェザーを
ウレタンフォームに混ぜてあります。
このため座り心地が格段に向上しました。

さて、価格ですが¥49,800とワイドが183cmのソファに
ファンクション、フェザー、ポケットコイルと
デザインを考慮すれば格安と言えます。
ファンクションだけでなく、ポケットコイルや
フェザーなどのディテールにもこだわったソファ、
是非1度実物に触れていただければと思います。


今年も残すところあと1日となってしまいました。
2011年は、日本にとっても僕にとっても
忘れる事が出来ない年になると思います。
と言うより刻まなければなりません。
絶対忘れるべきではありません。

勿論、地震と放射能です。
3月11日に東北沖を震源とする巨大地震が発生し、
これによる大津波で沢山の方が犠牲になられました。
その後、この地震と津波の影響で福島にある
原子力発電所の自家発電装置が壊され
原子炉を冷却する事ができなくなり、
次々に爆発しました。
近隣は勿論、東京にも放射能が降りました。
やがて、水道、野菜、肉、魚から放射性物質が発見され
放射能の怖さを知りました。

さて僕のプライベートでは、母の病気でした。
4月の事です。
「胸が苦しくなる」という事で診察したところ
狭心症と診断され、このままだと
「いつ心筋梗塞を起こしてもおかしくない」
と心臓カテーテル治療を受けることになったのです。
驚いて狭心症について調べて見ると
以前ほど重い病気ではなく、
カテーテルによりステントを
狭窄(きょうさく。欠陥がコレステロールなどにより
細くなってしまっている所)部分に置いて
血管を広げれば時間も体への負担も少なく、
バイパス手術などは必要ない
という事がわかりました。

本人も仕事があり「そんなに簡単なら」と
自ら車を運転し、病院に向かいました。
カテーテルも終りという頃、ケータイが鳴りました。
カテーテルに失敗し
「脳梗塞を併発して意識が混濁している」
と言うのです。
慌てて病院に駆けつけると意識はありましたが、
目が見えませんでした。

そして、母は脳梗塞治療のため1ヶ月入院と
その後のバイパス手術をドクターから告げられました。
僕の浅はかな心臓病の知識でも
「バイパス手術という選択肢は無し」でしたが、
知り合いの医者に相談したところ
「狭窄が心臓の冠動脈にあり手術はやむを得ない。
今はそれほど大変な手術ではない」と
バイパスを勧められました。

それでも手術に24時間、リハビリに半年と聞いて
他に手はないのかと毎日、
ネットや本屋で心臓や病院について調べ始めました。
かなり詳しくなりました。
そして心臓カテーテルのスーパードクターを見つけ
迷わずセコンドオピニオンを決断し、
その病院に直接メールして出向いたのです。
1人で早朝から待つこと16時間、
指名させていただいたスーパードクターに会えたのは、
午前1時でした。入院先の病院で貰ったデータ(CD)
を見せると、「狭窄部分が石灰化しているが、
ローターブレイター(ドリルのようなもの)を使えば
出来そうですよ。切るのいやでしょ。」と。
この時の感激は今でも忘れません。

日本でローターブレイターを使用した
カテーテル治療では、彼が日本1だと僕は思っています。
ローターブレイターを使用した
普通は困難なカテーテル治療は大成功に終わりました。
ただ母の目は複視と言って「物が2つに見えてしまう」
という脳梗塞の後遺症が残り、
仕事を引退し一人で外を歩く事が
出来なくなってしまいました。(現在リハビリ中)

5月、プールに通い始めました。
この12月には100回を越えました。
フリップターン(プールの壁間際で
「でんぐり返しのようにするターン」の練習中
大量に水が鼻から流入し2日間くらい
味がわからなくなったこともありました。
フリップターンを繰り返し、1時間クロールで泳ぎ続け、
この寒空の中の帰り道、
視線が気になったので止まってみると
体中から湯気が大量に出ていました。

6月、放射性物質が様々な食品から検出されたため、
ランチの外食を控え安全な食材を使った食品を
スーパーで買ってきて食べるようにしました。

大好物のフランスパンのバケット1本と
北海道産野菜を使ったポテトサラダに
オージービーフのメンチカツ。
これに発酵バター風味のマーガリン。

これでも他人が見れば驚きですが、
マズイのはマーガリンの量です。
バケットに塗り始めると止まりません。
4回でパックが終わります。
友人が「パン食べてるのか、
バター食べてるのかわかんない」
と言うので僕は迷わず「バターのため」
と自信タップリ答えていました。

小学校の給食時代、マーガリン残す人に貰っては
パンに塗って食べていました。

7月、健康診断の即日結果発表で
「大変な事」になりました。
僕はメタボではありません。
体脂肪は10%前後を維持しています。
にもかかわらず、悪玉コレステロールと血圧が
大変な事になってしまいました。

母の病気のストレス。
毎日バケットにポテトサラダ、
メンチカツ、大量のマーガリン。
そして夜の酒。
「運動しているから健康」などあり得ませんでした。

医者に「この数値だと大変な事になりますよ」
と言われました。
これでは、今度は僕がスーパードクターの
お世話になってしまいます。
翌日からマーガリンとバケット、
ポテトサラダ、メンチカツをやめました。

いままで血圧など気にした事がなかったのですが、
それからプールの時に計るようにしました。
初めて計った日、異常な高さになってしまい母から
「救急車呼んだ方がいい」
と言われ慌てていると
「いつ計ったの?」と聞かれ
「泳いだ後」と答えると「バカ!」と
言われてしまいました。
数値が正常に戻ってから血圧は計測していませんが、
マーガリンは未だやめたままです。


8月、道を歩いていると「ひらひら」と
大きな綺麗なアゲハ蝶が
僕の足にまとわりつき始めました。
まるで手招きでもするかのように
僕を近くのみかんの木に呼び寄せます。
すると僕の目の前でたまごを生み始めたのです。

生み終えるとまた僕のまわりを「ひらひら」した後、
蝉時雨の残る夕方の夏空に消えていきました。



その夜、下北沢にはゲリラ豪雨と雷鳴が
夜空に響き渡りました。
小学生の頃、アゲハの幼虫を
家に蝶にかえした事がありました。

実は、アゲハのたまごからの羽化率は
1%もありません。
外敵やウイルス感染によるもので100個あっても
1個も蝶になれないこともあるのです。
その晩、雨は強く降りなかなか止みません。
ベッドの上でふと今日のアゲハの事を思い出し、
「何故、僕にまとわりついて僕の目の前で
たまごを生んでいったのだろう?」
考えていると「あのたまご達はこの雨の中、
無事だったのだろうか」と考え始めていました。

翌日、みかんの木を見るとたまご達は無事でした。
その日、夕方になると、台風の影響なのか
風雨が強くなり始めたので決意して
雨の中、たまごを取りに行く事にしたのです。
明日、みかんの木から「たまごが無くなっていたら
後悔するだろう」と思ったからです。

あの綺麗なアゲハは、こんな僕の行動を予想して
僕に育ててもらう事を頼んでいったのかも知れません。
葉についた、黄色い小さなたまごは全部で6個でした。
大き目なプラスティックの箱に
みかんの枝ごと入れておきました。

1つ目にかえったのは、
メスのメアリーでした。
(本当は番号で名付けていましたが、ここでは便宜上、
仮名を付けさせていただきます。)

2つ目はオスのジョン。
メアリーより少し小さいのですが
オスなので動き回ります。

そして3つ目はオスのトムで、
「大丈夫か」というほど体が小さく行動もあまりせず、
ただおとなしく動きません。
かえったのはこの3つで残りの3つはかえりませんでした。

はじめこの3匹は同じ葉に居て
葉を仲良くシェアしているように見えました。
メアリーは、体も大きくよく葉を食べます。
ジョンは体の大きさからメアリーに
気を使っているのか、用心深いのか
メアリーと距離を置いています。
一番小さなトムは葉の陰にいつもいてあまり食べません。
大きさはメアリーの3分の1くらいです。
成長に従い、同じ葉に3匹いることが
物理的にムリになってきました。
まるで暗黙のルールかのように
1匹1枚となっていきます。
新鮮な葉はいつもメアリーのもので、
なんとジョンが居ると頭でどかすのです。
トムは相変わらずで、葉の陰で痩せていくようでした。

ある日、行動力と運動能力に優れた
ジョンの逆襲が始まりました。
新しい枝葉を入れるとジョンは
素早く全ての葉を歩き回り一番柔らかそうな
若い葉をゲットしたのです。
この逆襲にショックを受けたのか
天下だったメアリーはこの日から動かず、
なんとトムと一緒に葉の陰に隠れてしまったのです。
そして相変わらずトムは葉の影に隠れたままで
とうとうジョンの半分の体になってしまいました。

これでは、ジョンもメアリーも死んでしまう
と思い僕は、過保護にも箱を3個買ってきて
それぞれ別々に育てる事にしたのです。

ジョンは箱の中をよく動きまわりました。
運動能力も1番なら用心深さも3匹中1番で
急に部屋を明るくすると体を起こし
僕を威嚇する事もありました。

個別の箱に変わり、おっとりとしたメアリーは
また以前のように葉を食べ始めました。

トムは相変わらず食べてくれません。
日光浴させても葉の陰に隠れてしまいます。
僕は毎日のように若い葉を取って3匹に与えました。


そして「さなぎ」になる時期がきました。
各ボックスにさなぎのために割り箸を置きました。

1番は、ジョンでした。そつない行動で
キッチリ割り箸に「さなぎ」を作ります。

2番は、メアリーでギリギリまで葉を食べ
極大になってさなぎになって行きました。
ただ、割り箸ではなく
「思い出のみかんの葉」の無くなった枝でした。

この頃、トムがようやく
食べはじめるようになったのです。
多分、トムはもし僕が居なかったら
生存競争に敗れ生きていけなかったでしょう。

トムにもその日がきました。
出来があまりよく「何でも要領の悪い」トムは、
割り箸でも枝でも「さなぎ」になってくれませんでした。
なんとプラスティックの箱に付けてしまったのです。
これは蝶になった時、
プラスティックの壁に足が掛からず滑って落下しその時、
生まれたばかりの羽根を痛めてしまう可能性があるのです。
そしてそれは死を意味します。
これは僕がいなければ生きて行けなかった
トムの一生は拾い物として
享受しなければならないのでしょうか。

それから3週間、葉を取る事も3匹の部屋掃除も
なくなりました。

そしてジョンにテークオフの日が来ました。
午前6時半、さなぎから出て
生まれたばかりの濡れた羽根を乾かし始めました。
割り箸の上でゆっくり羽根を閉じたり、
開いたり2時間、パタパタとし始めたので
プラスティックケースをベランダに置き
フタを開けるとあっと言う間にジョンは飛び立ち、
羽根を180度にして加速し、視界から消えて行きました。
全く手のかからないテークオフです。
しかも運動能力の高いジョンは
飛行もずば抜けていました。
行動力を活かしてすぐに彼女が出来るでしょう。

その2日後、大きなさなぎから
メアリーが出てきました。
生まれたばかりの羽根は息をのむような
鮮やかな黄色と紺色です。
体も羽根もオスより一回り大きくまた艶やかなので、
きっと「もてもて」になるでしょう。

ただ、性格がおっとりとしていて
なかなか羽根を動かして乾かそうとしません。
外は風が強く吹いています。
生まれたばかりのメアリーにとって
初の試練になりそうです。
3時間経ってもまだ、羽根を動かしません。
僕は「今日は風が強いから明日にすればいい」
と思っていました。
このまま飛行すれば壁に叩きつけられ
即死しそうなほど風が強く吹いていました。

すると、メアリーは突然、
羽根を広げ静止させたのです。
それは、僕にまるで「ほら、見て!」
と言うように。本当に綺麗でした。
30秒位、広げたままでしたが、
「この風の中、私、本当、飛ばなければならないの?」
とまたじっとしたままになってしまいました。

本能は無情です。羽根がパタパタ動き出しました。
別れの時が来ました。旅立ちです。
プラスティックケースのフタを開けると
また1度、大きく羽根を広げて静止させ
「最後に見て!」
と言って強風の中、飛び立っていきました。

小さなさなぎのトムがかえったのは、
その1週間後でした。
予想通りプラスティックの壁に足がすべり、
上手くさなぎから出られません。
割り箸を使い補助すると細い足1本が偶然
プラスティックのへりに掛かり
出る事が出来ましたが、
僕は割り箸を持ったまま
動かす事が出来ない状態になってしまいました。
トムは「本当にアゲハ?」
というほど小さく、
自然界で生きていけるのだろかと心配でした。

それから1時間僕は、
身動き出来ずトムのために
まだ割り箸を持ったままです。
手のしびれも限界でした。
このまま手を離し落下させて羽根を損傷するか、
羽根を僕の手で掴んで移動させて
生まれたての羽根を損傷させてしまうのか。
「もうどうせダメなら」と
ムリにカーテンに足を掛けさせ、
引っ張ると偶然違う足がカーテンに掛かり
移動に成功したのです。

これで僕も開放されたというわけです。
3時間後、羽根を動かし「フライトか」
と思ったのですがまるでスローモーションのようで
飛ぶ事が出来ません。
ようやくパタパタと他の兄弟たちがしたように
始めたのですが、力が弱く体が浮かびません。
僕は「もういいよ。この小さい体では、
どうせ飛んでもすぐにカラスのエサになるか、
近所の子供に捕まって羽根をもがれるか、
ネコのおもちゃになるかだぞ。
自然界は甘くない。諦めろ。どうせ死ぬなら
生まれたこの家で一生を終えればいい。」
と話しかけ「外は怖いところだ。」
と脅しておきました。

するとトムは納得したのか更に1時間、
全く動かずの「飛ぶ気なし状態」
になってしまいました。

僕は、窓を閉めトムを残して
昼のパスタの具を買いに
近所のコンビニに行きました。
トムがさなぎから出た朝から
5時間が経過しています。
帰ってくるとトムはそのままでした。

すると突然、僕の帰りを待っていたかのように
トムは「やってみるよ!」と
カーテンを早足で駆け登りはじめたのです。
トムは、上から落下し羽根を広げれば
風に乗れるかもしれないと考えたのです。

羽根を動かし始めます。
僕は「え、待て。考え直せ!」と。
やはり飛べません。
それから5分。
僕には長く感じられました。

トムが今度はゆっくりと更に登り始めます。
仕方なく僕は窓を開けました。
「よーし!」とトムはまるで足を外して
落下するように外に出ました。
そして落下しながら力を振り絞り
パタパタとしますが上昇しません。

ジョンのフライトとは全然違いました。
ベランダ前の空中でパタパタと停まったままです。
このままでは、
カラスかスズメにやられてしまいます。
「もういい!わかったから帰ってこい!」と
僕は叫びました。
トムが方向をこちらに向けた瞬間、
夏の南風がトムを空の彼方に連れていってしまいました。
遠くに見えるパタパタとする姿に
「幸せ」を祈る事しかできませんでした。

部屋には、3つのプラスティックの箱と、
3つのぬけがらが残りました。
見ていると、空に消えていった
3匹のアゲハが舞いました。

なぜか、涙があふれてきました。
秋になりかけた風と夕暮れが頬を乾かすと
大きな星が尾を引いて流れていきました。

「泣く事ではないでしょ」と
小学校1年生の僕に、
みかんの枝ごと「アゲハの幼虫」を持ってきてくれた
今は星になってしまった祖母が
囁いたような気がしました。

茜色の空には星が光り、その回りには
一際綺麗なひとつのおおきなアゲハと
3つの小さなアゲハがひらひらとしていました。

今年最後の長文お付き合いいただき、
深く感謝申し上げます。
よい年をお迎えください。


2011年12月30日
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  1. 2011/12/30(金) 03:33:02|
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