NOCEの家具バイヤーズブログ 2012年3月11日を越えて

NOCEのバイヤーズブログ

2012年3月11日を越えて

今週は、まだ春とは言えない寒い日がありました。
また北風も強く体感温度はまだ冬のままです。
来週も寒い日が続くそうですが春1番はいつになるのでしょうか。
今週末、NOCEのある全地域では残念ながらスッキリとはいかないようです。
日中は一頃の寒さより和らぎそうなので街に出るのもいいかも知れません。
そしてその際には是非NOCEにお立ち寄りいただければと
全国スタッフ一同お客様の御来店をお待ち申し上げております。

今週、3月11日の日曜日14時46分、部屋で静かに黙祷しました。
あの日の事、あれからの事、そして1年目のその日、何かを考えなければと思いました。


先週、3月7日にリリースされた阿部芙蓉実の「沈黙の恋人」というフルアルバムを買ってきました。
RIMG0001.jpg

以前、一曲目の「highway,highway」を聴いてほぼ一目惚れ状態でリリースの日を楽しみに待っていました。
なんとも言えないウィスパーボイスにナチュラル系の曲と純文学系のリリック。
カフェ系ミュージックの王道でNOCEでも機会があれば流したいと思っています。

先週、あの大震災からちょうど1年になる3月11日を迎えました。
あれから1年。何が変わって、何が変わらなかったのでしょうか。

あの日、僕は下北沢にいました。
街中の電柱、建物、車、家、そしてアスファルトは波うち物の全てが大きく揺れました。
電車が止まり、駅は帰れない人達で溢れていました。
そしてテレビ画面に東北地方で巨大な津波に飲まれる家や車が映し出され、事態の重大さを知りました。
画面に刻まれる犠牲者の数が無機的に時間とともに増加していきました。
一方、東京は翌日から交通機関も復旧し元に戻ったかのように見えました。
しかし、テレビ画面に次々と爆発する原発の映像が映し出されました。
発電機能を失った発電所は必要な電気が供給出来ないため停電が起こり東京は再びパニックになりました。
節電が呼びかけられ電車は本数が減り、街は暗くなりました。
そして、東京にも爆発の影響で放射能が降り、
更に大爆発が起これば東京には住めないという恐怖に覆われました。

テレビから一般CMが消え、どこのチャンネルも同じCMしか流れなくなりました。
食品や水道水からも放射性物質が検出され店頭からペットボトルの水が消えました。
「東京を捨てなければならない日」が現実的になる日を想像していました。
街から西へ向かう人、母国に帰って行く人が増えました。
下北沢の街も節電モードの影響で暗くなりましたが、先を争って安値を追求する飲食店もおとなしくなり
街はまるで時間を巻き戻しながらレトロな時代に帰った様子でした。
僕は、この方がメランコリックでいいと思っていました。

原発の問題は解決されず時間は過ぎ、街には復興を唱える募金活動が盛んになり、
チャリティの付くイベントが様々な所で行われるようになりました。
寄付金の額がまるで善意の代償のように公開され、そのランキングまで公表されました。
街に段々と灯りが点き始めた頃、サッカー日本女子チームが優勝し
「がんばろう」と言う言葉が目立つようになりました。

節電のため、電車やビルの空調が制限され文字通り「暑い夏をがんばって」乗り越えました。
様々なチャリティコンサートで様々なアーティストが復興のための「応援ソング」を新曲として披露し、
様々なメディアを通して配信されヒットチャートにランクインしました。
ボランティアの被災地行きバスは学生で満員になりました。
TVインタビューに「履歴書の印象を良くするためだ」と答える学生もいました。
涼しくなる頃、東京の街は人で溢れ3.11の前に戻ったように見えました。
募金活動はあまり見られなくなり、飲食店やカラオケの呼び込みが震災以前に戻りました。
下北沢には震災以前より、風俗店が増えました。
「がんばろう」という言葉は「絆」という漢字1文字に変わり2011年が終わりました。

節目である1年目の3.11を迎えるころ、僕はジムに向かうため踏切を待っていました。
前を通り過ぎるロマンスカーには「がんばろう」というステッカーが貼ってあります。
節電のため自粛から運転再開時に貼られたものです。
「がんばろう」と呼びかけられたので「どうがんばればいいの」かをロマンスカーに尋ねた所、
何も答えずに箱根に行ってしまいました。
ジムではいつもプールの利用だけですが、時間があったのでトレーニングマシンにトライしました。
ジムに120回通って2回目です。
男ならやはりマシンに頼らず筋トレは腕立て、腹筋、背筋、スクワットです。
(なんでここでダンディズム出すのかわかりませんが)
筋トレマシンの前にはTVを映す大型画面が数台ありそれぞれのチャンネルを映しています。
「ながら筋トレ」が出来るわけです。
TVは「地デジ化」と共に買い換えるのも面倒臭いので見なくなっていたので久しぶりでした。
筋トレ開始。「まず広背筋から」と。
前のスクリーンには「絆」という特集で津波により被災された方や、原発避難区域の方が
インタビューに答えていました。
「次は腹筋」です。
スクリーンでは「復興バブルに湧く仙台」と特集され、
夜の店に集う大勢の作業着姿の男性が映り(多分、国分町)高級外車のディーラーが
「500万の車がよく売れ前年対比120%だ」とインタビューに答えています。
僕は去年の暮れに仙台を見ているだけに「何これ」と腹筋に余計に力が入ってしまいました。
夜の歓楽街が賑わい、高級外車が売れる事がどのように復興に結びつくのでしょうか。
しかも、多くの一般の人には全く関係ない話です。
しかも「仙台はいいおもいをしている」という誤解さえ生んでしまいます。
もし、「夜の店で嫌なオジサンの相手をさせられている女性店員が被災地で被災し
家計のためにイヤイヤしている」としたら誰が責任取れるんですか。
彼女に「がんばって」って言えますか。「いい娘だねぇ。外車買ってやろうか」とか。
怒りで腹筋やりすぎて痛くなってしまいました。
「落ち着いた所で前腕」と。
この前のスクリーンでも「3.11絆特集」でした。
ただ「速報、シバ漬のキャスター孤独死」とテロップが出ていて
「最近、都内でも餓死して発見される人がいますね」と淡々と。
デスクには筆文字で「絆」と書かれたパネルがありました。

去年、子供の頃から知っている人が
「大阪の西成区にあるドヤ街で亡くなり無縁仏になってしまった」という事を知りました。
彼は家業を手伝いながらミュージシャンを目指していたのですが、
父親の死で「家業か音楽の道」の二者択一になり音楽を選択したのです。
僕は自分もその道を目指していた経緯もあり、賛成しませんでした。
彼はしばらく音楽を続けていましたが行き詰まってしまい、
楽器を残し僅かなお金だけを持って家から出て行ってしまったのです。
僕は、「早まった事をするのでは。と思い自分に何か出来なかったのか」と後悔しました。
その後、「どこかで生きている」という連絡が入り安心したところでした。
死後、数日経過していたそうです。身元不明者の変死扱いです。
こういった事は西成区のドヤ街ではめずらしくないそうです。
彼に甘えはありましたが、それでも若くして「野垂れ死にで無縁さん」ですよ。この日本で。

前腕の筋トレマシンの画面には「絆」という漢字1文字と無縁社会の孤独死という相反する言葉が同居した後、
被災地の映像に戻っていきました。
なにか悲しくなってきたので筋トレやめる事にしました。やはり不向きです。
男はテレビ見ながらやる物ではありません。(だからダンディズムいらないって)
その後プールで考えながら泳いでいたら1時間経過してしまい道を歩いてもフワフワしてしまいました。
踏切に箱根からロマンスカーが帰ってきました。
そう言えば、ずっと「誰が歌っているのか」と気になっていたロマンスカーのCM(関東のみですみません)
「あなたは今、どの空を見ているの」をウイスパーボイスで歌うバージョンです。
これなんと冒頭でご紹介した阿部芙蓉美さんでした。
このCDの最後の曲に「耳を塞いでみてよ。だれも君を咎めないよ」
「いまは希望のうたをうたわなくていいよ。夜を越えよう」というバラードがありました。
涙がでました。

前を横切るロマンスカーにステッカーはなく、「がんばろう」を言わないロマンスカーには
「何をがんばったらいいのか」はやはり聞けませんでした。
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  1. 2012/03/16(金) 14:59:11|
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