NOCEの家具バイヤーズブログ 2012年8月31日 ブックストア

NOCEのバイヤーズブログ

2012年8月31日 ブックストア

今年の夏は、7月に涼しい日が続き「このまま冷夏か」と思っていたのですが、8月終りにも関わらず「強烈に暑い」です。
木曜日は日中の最高気温が36度に達し、直接日光に当たると痛いくらいでした。
週末のNOCEのある地域のお天気ですが、土曜日の名古屋、仙台と日曜日の関東を除いてまずまずとなるそうです。
関東の雨は久しぶりで熱帯夜の連続記録も途絶えるそうですが、「あれほどイヤだ」と思っていた熱帯夜も記録更新にならないと聞くとなんだか残念な気持ちになってしまいます。
週末、暑さは多少和らぐそうですが、まだまだ外出時には熱中症対策が肝要です。
2012年の夏も終わろうとしています。
最後の夏を感じながら街へのお出掛けはいかがでしょうか。
そしてその際には是非NOCEにお立ち寄りいただければと全国スタッフ一同お客様の御来店をお待ち申し上げております。


今週の新商品の御紹介は、ミッドセンチュリーの香り漂うアームチェアです。
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全体的なデザインは北欧ミッドセンチュリーをかなり意識したものになっていますが、細部に細かい配慮が施されています。
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バランスの良い大きさに厚めの背もたれのカーブは、背中を心地よく支えてくれます。
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背もたれの中央部から伸びたフレームにのせるアームは若干の弧線を描きながら少し前方に傾斜しています。
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そして肘と腕をのせる前部分は、幅が広く取られていて傾斜とのバランスにより腕をリラックスさせて座ることができます。
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充分な奥行きがあるシート部分は、前方から後方に向け軽い傾斜がありこの傾斜が抜群な「座り心地」を提供しています。
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また、フレームと一体化している脚ですが、円筒形で
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上下がテーパードになっています。
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この脚の丸みが全体のデザインを柔らかなものにしているのです。
背もたれを含めた全体の高さが低いため圧迫感がなく、またその高さに対して横幅があるので安定感や重厚感があります。
コンパクトでありながら、存在感もあるというわけです。
テーブルに配置させた時に気になるバックビューですが、これもなかなかいけています。
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インテリアでは、カフェ系、北欧シンプル、シンプルなどに合いそうです。
4つ揃えると圧巻です。
素材はブナ材にツヤを落としたウォルナット色でステインされていて、ヴィンテージ感を充分に感じさせてくれます。
ファブリックのカラーはグレーの他に
グリーンもありどちらの色もミッドセンチュリーのレトロ感をしっかり演出しています。
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さて価格ですが、このパフォーマンスで17,800円(税込み)と充分な割安感があります。アームチェアでこの値段は在り得ません。
1シーターのソファのようにラウンジチェアとしても使用できそうです。

RY35チェア
¥17,800
幅59.5×奥行57×高さ73.5(45)㎝
Made in China

このチェアに身をゆだねた夏の遅い午後、遠くから聞こえる祭囃子と神輿の掛け声が近づいて消えた後、秋の虫の声と少しだけ涼しくなった空気、グラスに落ちる氷の音が懐かしむ夏に響いていました。

先日、代官山に去年暮れにオープンしたブックストアのコンプレックスに初めて行ってきました。
最近、下北沢にも本をテーマにしたカフェやバーが数件出来始めています。
ネットや電子書籍によってCDのように本も世の中から消えて行く運命かと思っていましたが、昨今また本流行のようです。
ただ今回の目的は残念ながら「本」ではなく「食」(飲み)だったので、今度は本や音楽を探しにまた行きたいと思っています。
旧山手通り沿いにある代官山ヒルサイドテラスの前にアパレルショップの集積のような大きなガラス張りの建物があります。
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中を見ると大量のブックシェルフに本がならんでいました。
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ここは、ブックストアです。
いくつにも分かれた大きな建物の中にはまるでカフェのようなテーブルやカウンターがあり、ここに本を持ち込んで読む事が可能な上、施設内にあるスタバで買った飲食物の持ち込みもOKだそうです。
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程よい暗さの照明に照らされる店内はまるで北欧にある図書館のようでした。
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建物の間にある道には木々が植えられていて、夏の夜風に吹かれていると「ここが代官山」という事を忘れさせ、まるでリゾートにいるようでした。
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少し歩くと目的の
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レストランに着き
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テラスの席に案内されました。
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見上げるとブックストアの灯りと
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夏の夜風に緑の葉がそよいでいました。
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とりあえずこのお店のオリジナル生ビールで乾杯。
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一体、いつ頃が1番本を読んだ時期だったのだろうか?と考えていました。
多分、「中学に入学してすぐ」から高2くらいまでだったかと思います。
当時、電車通学で「時間がもったいない」と思い一冊の文庫本を手にした時が始まりでした。
あの頃、本の代わりに英単語でも覚えていれば人生が変わっていたかもしれません。
何故、文庫本かと言えば、単純に軽かったからですが、文庫本を電車内で読むと「大人っぽく見られるし」という不純な動機もありました。
初めの頃は、誰でも通る夏目漱石、森鴎外、川端康成などでしたが、漢字も意味のわからない単語も多く漢和辞典と国語辞典を引くために読んでいるようなものでした。
ただ、なんか人が言うほど感動がありません。
次第に「通学時間60分の往復で一冊読み切る」という雑な読み方になってしまい、これはマズイと思い本屋に行き難しそうな題名の本を探しました。
本屋に毎日のように通い、そのたびにゾクゾクする程の高揚感や期待する気持ちがありました。
格好つけて、背伸びして、大人の本を買う事の恥ずかしさからでしょうか。
この辺はCDのジャケ買いと似ています。(ジャケ買いとは、中身の音楽を聴かずにジャケットの印象やアーティストだけで買うこと。はずれが殆どだが当たりの曲が一曲でもあると、考えられない程の満足感と優越感が得られた。わざとマニアックな物とか、難解なジャズを買って全然わからないくせに「これ最高」と音楽通ぶるために買うこともある)
その時買ったのが石川達三の「人間の壁」でした。
「人間の壁ってなんだろう?」と中学生の僕にとっては充分難しそうなわけです。
ただ長編なのと難しい言葉や漢字が沢山出て来るので、電車内でそう簡単に読めません。
人前で辞書を引きながら読むなんて格好悪いからです。
「大人の人生背景が理解できないとムリ」とわかっていてもとりあえず「筋トレ」のように読みきりました。
難しい本を何度も読めばきっといつかは理解できるはずと僕のジャケ買いは続きます。
遠藤周作の「沈黙」、野間宏の「真空地帯」安部公房の「燃え尽きた地図」などなど中2の僕にはかなり無理がありましたが、本棚には50冊くらい難解な本が並んでしまいました。
その中には少し毛色の違う井上靖の「夏草冬涛」(なつくさふゆなみ)もあり、こちらは叙情的なもので授業中「教科書に隠して」夢中で読んでしまいました。
そんな頃、国語の先生に電車内で大岡昇平の「野火」を読書中に声をかけられ「なんでこんな難しいの読んでいるんだ?ちゃんと理解できてるのか?」と聞かれ「ええ、まぁ」と本当は20%も理解できていないくせに答えてしまいました。
その時「太宰は読んだことがあるのか?」と「先生は学生時代に読んで感動して国語の教師になるきっかけになった」とおっしゃっています。
そこで太宰を読んでいない事が格好悪く「川端系はチョッと」と今では赤面するほどいい加減で生意気な言い訳を言ってしまいました。
それから、難解な現代文学から少し遠ざかり太宰を読むようになります。
「人間失格」「斜陽」「グッドバイ」を読んで、彼のルーツであるフランス文学に興味を持ち始めました。
「どうも翻訳物は作家の意志が直接伝わらない」と敬遠していましたが、本屋で多分1番薄いフランス文学の文庫本カミュの「異邦人」を買ってみました。
ブックカバーがシルバーという格好よさもありました。
時間を忘れるほど、そして井の頭線が往復するのも気が付かないほど夢中になって読んでしまいました。
すっかり物語に入り込んでしまいまるで「自分が死刑執行の朝のような気持ち」で電車を降りると足がガタガタと震えてしまいホームのベンチから暫く立てませんでした。
不条理、そして退廃的、無関心と今まで考えた事もなかったキーワードが頭の中を駆け廻ります。
それから、カフカ、スタンダール、モーパッサンなどのフランス文学のみならずロシア文学のドストエフスキー、トルストイ、チェーホフなどのロシア文学まで夢中になって読み始めてしまいました。
当時、電車内か授業中が読書の時間、「帰宅してギターの練習」が習慣でしたがギターの練習がなくなり殆ど読書の時間だけになってしまいました。
あの頃、ギターの練習を続けていれば人生が変わっていたかもしれません。
高校に入るとフランス文学はサルトル経由で哲学に移り、生きて行く事に無力さを感じ「社会に無感心でいるように」と下北沢や吉祥寺のバーに顔を出すようになりました。
生意気に大学生たちと議論をしていましたが充実感はありませんでした。
いくら議論を戦わせても「酒の肴」以上の結論は出ないからです。(その頃、僕が酒を飲んでいたかどうかは、記憶にありません)
最後は、ラストリゾートを求めるあまりケンカになりひどい時は手も出ました。(「僕はまだ高校生だから」と「こういう時だけ調子のいい」事を言って参加せずに逃げました)
これが「退廃的の結論」なのかと辟易している頃、一冊の本に出会いました。
フランス文学、アンドレ・ジッドの「地の糧」です。
「たとえ自分が社会に無関心であっても、実際自分が生物の一部として生きていく事に無関心ではいられない」と自分で解釈し、この著者の言う通り「書を捨てて外に出る」事にしました。
それから本はあまり読まなくなりました。
本から楽器に帰りましたが、弦の数は6本から4本に変わっていました。
議論の場はスタジオやライブハウスに変わりました。
高校中退はやめて、生物系の大学進学を考え始めました。


白ワインと食事を
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終えると本屋にはまだ大勢の人たちが集っていました。
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本屋を後にして少しためらいながら振り向くと本屋の玄関には、初めて本屋に入って本を探していた頃の想い出の自分が立っていました。
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僕は、あの頃の自分から遠ざかっていく距離を時間の中に埋めていく事にしました。
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  1. 2012/08/31(金) 15:04:42|
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