NOCEの家具バイヤーズブログ 2012年10月26日 ハロウィン2012

NOCEのバイヤーズブログ

2012年10月26日 ハロウィン2012

今週は、寒く感じる日も多く長袖を着る日もありました。
今日は暖かいので半袖ですが、11月になったら寒暖に関係なく衣替えをしようと思っています。
ハロウィン絡みの今週末、NOCEのある地域のお天気ですが、土曜日は、広島、福岡を除いて晴れるそうですが、日曜日は全地域で崩れてしまうそうです。
ただ強い雨にはならないそうです。
お出掛けの際には是非NOCEにお立ち寄りいただければとお客様の御来店を全国スタッフ一同心よりお待ち申し上げております。

今週の新商品の御紹介は、シンプルで本格的なソファです。
デザインは90年代の北欧系シンプルが基本になっています。
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バイイングのモチュベーションは、シンプルでありながら暖かみのある丸みを帯びたデザインとクオリティでした。
まずデザインの特徴は、アームが少し外側に向けられている部分です。
このデザインは、薄めのアームにボリューム感を与え、ソファ全体のデザインを安定させています。
アーム自体のデザインは前部から背もたれにかけて曲線を描いて背もたれの上部に繋がっています。
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この手法はしばしば北欧ミッドセンチュリーで見かけますが、このソファでの処理は全体のデザインによくマッチしていてとても上質な仕上がりになっています。
そしてこのアームが背部で背もたれとまるで一体化したようにカーブを描いて取り付けられていて、全体を一層柔らかい印象にしています。
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インテリアとしては、ミッドセンチュリーや北欧色が濃いので、カフェ系、ナチュラル、シンプルと言った所が合いそうですが、クセの無いデザインは、どんなお部屋にも溶け込んでくれそうです。
カラーは全部で4色の
ブラウン
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グリーン
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グレー
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ブルーとなります。
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どの色も落ち着いた色目でウォルナット素材の家具との相性は抜群です。
脚の素材はアッシュ天然木でつや消しのウォルナットでステインされています。
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ヴァリエーションは、1,2,3シーターを各色でご用意させていただいておりますのでセットでのご購入も可能です。
更に、内容も充実しています。
シートにはポケットコイルを採用させていただいておりますので、快適な座り心地を得る事ができます。
又、布は脱着可能でドライクリーニングのみですが洗う事がでます。
さて価格ですが、これだけのディテイルとデザインで1シーターが32,800円、2シーターが44,800円、3シーターが49,800円とNOCEならではのお手頃価格になっています。
これだけのパフォーマンスから考えればかなりお買い得だと思います。

TD1914ソファ
1人掛け:¥32,800 幅81×奥行76×高さ80(42)cm
2人掛け:¥44,800 幅140×奥行76×高さ80(42)cm
3人掛け:¥49,800 幅160×奥行76×高さ80(42)cm
※部分組立

セットでのご購入時は、違う色で揃えてもお部屋がカフェっぽくなってお勧めです。
実際の質感や座り心地を文章や画像で表現する事には限界がございますので、是非NOCE各店で実物をお確かめいただければと思います。

今週の日曜日、下北沢ではハロウィンフェスティバルが行われるそうです。
ハロウィンと言うと「オレンジのカボチャを意地悪そうな顔にくり抜いてろうそくを灯す」事を連想しますが、そもそもハロウィンとはなんでしょうか。
ディズニーやアメリカで仮装した人達や子供達で盛り上がるのは有名ですが、日本ではそれほど盛り上がりません。
これは、宗教的慣習に起因するのかと思ったらそうでもないみたいです。
ケルトの慣習に起因しているのです。
紀元前1500年前の鉄器時代に馬車などの車輪付きの移動手段を持った中央アジアに居たケルト人(ローマ時代のガリア人)が分散し、紀元前400年前にはヨーロッパからロシア、イギリス全土にまで広く分布するようになりました。
ケルト人はその後、ゲルマン人の迫害を受け西のフランスやスペインに追いやられました。(後にフランス人になったと言われています。ガリアはフランス語でゴロワといいますが、ローマ時代は「フランスの」と言う意味でした。ゴロワーズというフレンチタバコやル・ゴロワというワインもここからです。)
一方、イギリスのケルト人は、ローマ支配後のアングロサクソン人に追われ初めから支配の及ばなかったウエールズ地方やスコットランドやアイルランドに定着しました。
(民族問題の原点ですが話しがずれるのでやめておきます)
日本でも昨今、アイリッシュパブやケルトミュージックを見かけるようになりましたが、ケルトとは正にこれです。
バイオリンとギターで奏でるサウンドは独特なものがありますが、どこかジプシーミュジックと共通する所があります。
それは、西に逃げたケルト人とイギリスに渡ったケルト人の文化によるものなのでしょうか。
定住したケルト人は長調で定住できずに彷徨ったケルト人が短調と言うと以前書いたマイナーとメジャーの話になりますが、無関係ではなさそうです。
ケルトミュージックと言えばエンヤを思い出しますが、僕の好きな「カリビアンブルー」も西に渡ったケルト人の悲哀を歌っているのでしょうか。
ケルトミュージックはビートルズにも影響を与えているとも言われ、現在のロックの原点はこのケルトミュージックのリズムと言う説もあります。
オルタナティブの代表でレディオヘッドやコールドプレイもよく聞いてみると関連がありそうです。
さて西に渡ったケルト人ですが、フランス、スペイン、イタリアなど現在も農業が盛んな事から農耕民族だったと言われています。
さてここでハロウィンになるわけです。
ハロウィンはケルト人の1年の終りが10月31日にあたり、この区切りに収穫に感謝する祭典として始まったのが起源だと言われています。
その後、ケルト人の宗教はアングロサクソン人の支配下でキリスト教に改宗されカトリックになりました。
カトリックでは11月1日が諸聖人の日(聖人や殉教者を称える日)という行事の1つでした。
その前の日の10月31日が前夜にあたり、聖人の日のAll HallowsとEveが合わさりHallowseveがHalloweentoなったとされています。
カトリックが宗教改革によりプロテスタントになった後、カトリックの聖人の日が薄れハロウィンだけが残ったとされています。
ハロウィンの夜は、精霊や死者の霊が降りてきて家族を尋ねたりすると言われ、これらから守るために、火を焚いて仮面をかぶり魔よけをしたと言われています。
ケルト人の収穫祭でも火を焚いて作物や動物を神に捧げたそうです。
この行事が31日の夜、カボチャを怖い顔にくり抜いてろうそくを灯しランタンを作り、子供たちがお化けの仮装をして霊を追い払うというものになったのです。
仮装した子供たちは「Trick Or Treat」(お菓子をくれないと、悪戯するぞ)と一軒一軒周りお菓子をもらうという行事になりました。
ハロウィンは、実はキリスト教とは関係ない行事なのです。
現実に、カトリックの強い国やプロテスタント諸国のカトリック内では、「カルト宗教の儀式」として禁じているところもあります。
ロシア、イタリアやスペインなどカトリックの強い地域では盛り上がらず、プロテスタント諸国で賑わっていますが近年商業色が濃くなりその意味は薄れてきています。
と、ここで終わるつもりでしたが、深い疑問に突き当たってしまいました。
ここからは、あくまでも僕の勝手な推論なのでご興味のある方は掘り下げていただければと思います。
まず、この行事何かに似てませんか?
毎年、日本で夏に行われる「お盆」です。
祖先の霊が地上に降り、各家に帰ってくるという行事です。
実はこれも仏教行事だけでは説明できないもので、起源も明らかになっていないのです。
迎え火に送り火、灯篭流し、霊のための乗り物であるキュウリやナスで作った馬や牛。
農耕民族である日本人が自然崇拝する神に感謝する収穫祭の名残とは考えられないでしょうか。
自然崇拝が基本なので神ではなく先祖や死者に感謝を捧げるわけです。
ケルト人も火を焚き動物を生贄として捧げたそうです。
日本では、北海道のアイヌのイヨマンテの祭りでクマやシマフクロウが捧げられます。
神の精霊を宿ったシマフクロウは神として祭りの間丁重に扱われ、最後に死を持って神に返すというのが定説だそうです。(知人から聞いた話)
ここに自然崇拝を基本とした農耕民族と絶対的な神を持つキリスト教との間に決定的な違いがあるのです。
死者が甦る事など在り得ません。
自然や先祖に感謝する事もないのです。
ハロウィンはイメージとして、「何か恐ろしい事が起こりそうな日」と言う感じがします。
アメリカでラジオしかなかった時代にオーソン・ウェルズのラジオドラマ「火星人襲来事件」と言うのが1938年のハロウィンの前日に起こりました。
火星人の来襲のドラマをニュースと勘違いしてパニックになってしまったのです。
先程のアイヌのお祭りですが、実際僕も「生贄」と聞いただけで「不気味」と思ってしまいました。
どうも、大勢(マジョリティ)と違う小数(マイノリティ)が違う事をすると排他的になってしまいます。
以前取り上げた「ひなまつり」はどうして悲しい音楽なのかと同じです。
ジプシーであるロマ族の基本的旋律は短調です。
少数民族(マイノリティ)であるジプシーが奏でる旋律はマイナーなのです。
ジプシーはもの悲しい。
「マイナーは悲しい」となるわけです。(過去のブログから)
さて、ケルト人はキリスト教になる前は自然崇拝だったと言われています。
ここで本論です。
ケルト人は農耕民族でした。
このケルトに似た言葉にCult(カルト)という言葉があります。
地下鉄内で劇物をバラ蒔いた宗教団体で一般的に知られるようになった英語の名詞です。
勿論、英語でもネガティブな名詞です。
英和辞典には「教祖に洗脳されてしばしば集団生活を営む反社会的な擬似宗教、狂信的集団」「礼賛、崇拝、熱中、流行」とあります。
カルトの語源はラテン語の「耕す」という意味です。
Cultivate(耕す)、Agriculture(農業)Culture(耕す、文化)はこのCultから派生しているのです。
と言うことはです。
ケルト人の語源は、「農耕する人」ではないのでしょうか。
ケルト人の自然崇拝的宗教、死者が甦ったり、火を焚いて祭ったりは、キリスト教思想に反するわけで、これでカルト(ケルト人の宗教、文化)という名詞になったとも考えられます。
さて、ケルト人ですが紀元前1500年に鉄の車輪の馬車に戦車のような物で攻撃したそうで、相当な高度な技術を持った彼らが何故、国家を形成できなかったのかが謎です。
西に追われたケルト人は、フランスやスペイン、イタリアとラテン系になりましたが、東方に攻めたケルト人はどうなったのでしょうか。
位置から考えると、人類史上世界制覇を成し遂げたチンギス・ハーンのモンゴル帝国に当たります。
勢力は、東ヨーロッパ、中国、アラブまで及びました。
日本はその時代は鎌倉幕府で「元寇」と言う形で攻められました。
戦場は九州北部でしたが、日本の勝利に終り、蒙古軍は国内に逃亡したと言われています。
ここにお盆とハロウィンの関係が存在したらと思うと壮大なロマンを感じてしまいます。
イギリスのロンドンの西に世界遺産である「ストーンヘンジ」という巨大な石でできた建造物があります。
これはケルト人による礼拝のための物と言う説が主流です。
ハロウィンの夜はケルトミュージックをアイリッシュパブで聞く事にしましょうか。
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  1. 2012/10/26(金) 15:53:09|
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