NOCEの家具バイヤーズブログ 2014年9月19日 上海出張 2014 プロローグ

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2014年9月19日 上海出張 2014 プロローグ

日に日に涼しくなり夏の名残を感じる季節になりました。
先週、突然決定した上海出張も終わり、今週からそれについて書こうと思っていましたが上手くまとまらないので今週は散文にて失礼します。

何故「上手くまとまらないか」というと、とにかく「商品の出尽くし感」が前回からあり今回も同じだったからです。
目に付く商品は殆ど手を付けたか、市場に出回っているものばかりで目新しさはありません。
前回、新規で開拓すると大体商品になんらかのトラブルが発生しました。
そのうちに行く事が「面倒くさく」なってグズグズ行かない理由を見つけ、不可抗力で行かなくなる事にする筈でした。

そう言えば、下北沢にも近い代々木公園や新宿西口公園でデング熱に感染した人が発見されました。
デング熱は、ウイルス性の病気でヒトスジシマカという、所謂「ヤブ蚊」と呼ばれるシマシマの蚊が媒介して感染します。
デング熱に感染している人を刺した蚊が、他の人を刺すと感染するのです。
ヤブ蚊は夏しかいないので、11月位に消滅するはずです。
一方、年中いる茶色い「アカイエ蚊」は媒介しないとされています。
予防は感染が人や空気感染でもないため「うがい」や「手洗い」をしても防ぐ事はできません。
ただヤブ蚊に刺されない事です。
僕は、デング熱の事を「天狗熱」だと思っていました。
山の天狗が特殊な虫にさされ、高熱を患い「病気を治してもらおう」と山から下りてきた時に「人間に感染してしまう」という、滅多に見ない病気だと思っていました。
デング熱は感染すると高熱や嘔吐などインフルエンザに近い症状になるそうですが、致死率は低いそうです。
ただデング熱は「グデン、グデン」になります。
「デング、デング・・・」とグデン、グデンにならないように出来るだけ早口で10回以上言ってみてください。
もうほとんど、グデン、グデンです。

今回、僕が出発したのは9月10日でした。
9月12日には、上海にいました。
2001年の9月12日も上海にいました。
13年前の事です。
当時の上海は、まだビルも少なく地下鉄も多くありませんでした。
何か、タイムスリップしたみたいで街を歩くだけでもワクワクしました。
13年前の9月11日、食事をした後、下北沢にありそうなカウンターバーにはいりました。
店は6席くらいで既に3人、女子2人に男子1人がカウンターに座っていました。
しばらくすると女子1人が加わり狭い店はほぼ満席です。
僕が、日本人だとわかると彼らは様々な事を聞いてきました。
文化的な事、東京の事、日本は彼らの憧れの象徴でした。
聞けば、会社勤めのバーのオーナーの友達で、いつもここで将来の事について語っているそうです。
映像でしか見た事がない東京は、彼らにとって夢のような所だったと思います。
ビルが立ち並び、おしゃれな人々が行き交い、次々に来る電車、地下鉄、マンガ、テクノロジー。
東京について話し尽くした頃、バーのオーナーが「もう今日、店を閉めるから、上海にある唯一のクラブに連れていってほしい」と言いだしました。
もう僕を含めて男女6人盛り上がってしまい、5人乗りのタクシーに無理やり乗ってバンドにあるクラブに行きました。
残念ながら当時の上海の事、12時で閉店でした。
それでも、僕を帰してくれません。
「カラオケに行きたい」と全員言いだしました。
当時「ビックエコー」が出来て、これもみんな「行ってみたい」所でした。
中に入ると、日本と変わらない普通のカラオケボックスです。
みんな「やり方」がわからず、曲のリストを見せると「これも知ってる」と大はしゃぎですが誰も歌おうとしません。
「それなら」と、僕が日本の歌を歌うとみんな大喜びで、カラオケで過去こんなほめられた事ないという程でした。
なんか、「日本の歌ならなんでもいい」って感じです。
ところが、女子が突然マイクを持って僕に「これ」とリクエストをし、歌い始めると(お世辞にもうまいとは言えない)堰を切ったようにみんな歌い始めました。
器具の操作方法がわかるとその後、僕は歌う事が出来なくなり、気が付くと朝の6時でした。
1人で外に出るとすっかり明るくなり、スズメが囀っていました。
僕は、その日の朝の飛行機で帰らなければならないので、みんなに気が付かれないように部屋を出てみんなの料金を払って帰りました。
その当時、まだ料金も安く日本円で3,000円位だったと思います。
チェックアウトをするためホテルに帰り、部屋で仕度をしながらCNNを見るとニューヨークの2つの大きなビルから黒い煙が昇っていました。
「大変なビル火災だ」とテレビを消して急いで空港に向かいました。

先週、上海から帰って連休の日曜日、空が綺麗で風も涼しい日、あまり気持ちいいので夏の終わりを感じに渋谷のテラスレストランに行く事にしました。
渋谷駅西口の改札口を出ると秋祭の神輿で賑わっていました。
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道玄坂に向かう道は早くなった夕暮れが街の灯を急がせていました。
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道玄坂の途中でも神輿を担いでいました。
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東急本店通り(現在の名称は文化村通り、東急本店が目立つので今でも東急本店通りの方が馴染めます)のH&M前を神輿が
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通り
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過ぎて行きました。
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夏の終わりを告げているのでしょうか、それとも秋の訪れを告げているのでしょうか。
センター街には、奉納を待つ神輿が置いてありました。
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渋谷の空がすみれ色に覆われると
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レストランの席に着きました。
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8年前と全く変わらない渋谷の喧騒がありました。
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僕は、13年前の上海と9月11日を思いだしていました。
あれから世界は激動の時代に突入し、上海は日々刻々と変化していきました。
それから5年後の9月、このレストランに居ました。

上海の1秒は、渋谷の2秒に感じました。
きっと、高度成長時代の東京もそんな感じだったのでしょう。
エコノミックアニマルと揶揄された時代です。
グラスを夕暮れに捧げました。
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ただ、渋谷のゆっくりとした空気に癒され感じでした。

街には、ゆるいカフェや「まったり」という言葉が溢れ、スローライフと言った「ゆっくり、じっくり自分流に生きる」ライフスタイルがこれからの日本を暗示していたように思います。
老若男女、みんながおしゃれに生活できる昔のミラノやパリのようになると思っていました。
渋谷の空は
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暮れなずんで、すこし冷たくなった風がテーブルを潤していきました。
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夜の帳が下りると花火が上がりました。(技術がなくボケてます)
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次々に上がる花火。
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方向は二子玉川あたりでしょうか。
お店のスタッフに聞くと、余った花火を毎日少しずつ消化しているそうです。
少し物悲しい夏の終わりの線香花火、本当は夏の夜空に華やかに上がるはずでした。
夏の終わりに「名残花火」
8年前から5年後の3月11日。
日本では、大きな出来事がありました。
あれから、3年半。
8年前の9月と今日の9月。
ここから見る景色は何も変わりません。
最後の客になってしまったので、シャンパンで〆る事にしました。
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誰もいなくなったテラスの下に
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8年前より静かになった喧騒がありました。
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NHKの前を歩いていると、復刻版カラーの「京王帝都バス」が1990年代に消えて行きました。
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  1. 2014/09/19(金) 14:59:33|
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